でも、好きなんです。
「じゃあ、牛タン食べましょ!

あとは・・・、カプレーゼと、イセエビのグラタンもいいし・・・。

あ、このカキのパスタも美味しそうですね。」

「あはは、うん。いいね。いっぱい食べよう。」

「課長、お酒は、何を飲まれるんですか?」

「僕は、一番好きなのはウイスキーかな。

チョコレートと合うよね。」

「ウイスキー?

すごい、やっぱり大人ですね・・・。

ウイスキーってなんだか煙の匂いがして・・・。」

「たしかに、はじめはそうかもしれないね。

飲んでるうちに、なぜだか美味しくなってくるんだよな。

今日、少し飲んでみたら?

薄めから始めれば、大丈夫かも。」

「うーん、じゃあ、チャレンジしてみます。」

「オッケー。」


 そう言うと、課長は料理を何品かと二人分のウイスキーを注文した。

 間もなく、ウイスキーと料理が運ばれてきた。


「・・・しょっぱなからウイスキーなんて流れになると思わなかったな。」


 課長は苦笑しながらウイスキーを飲み始めた。


「でも、こんなふうに無茶するの、なんだかすごく久しぶりだよ。

 知らない土地って、いいよね。なんだか、自由な感じがして。

 ま、とは言っても、仕事だけどね・・・。

 でも、今日は金曜だし、とことん羽伸ばそう。」

 この状況で、他の人にそう言われたら、少しいやらしい意味を感じてしまったかもしれないけれど、課長が言うと、全くいやらしく聞こえない。

 やっぱり、イケメンって、すごい。

「私、結構飲めますよ。」

「お、河本さん、なんだかキャラ変わってない?

 いいなあ、僕、そういう子、好きだな。」

 思いがけない発言をされて、どきりとする。

 課長は、そ知らぬ顔だ。

 ふと課長の横顔を見つめてしまう。

 長い睫毛が綺麗。

 ぱっちり二重の男の人は、あまり好きじゃないって思っていたのに、課長の目は、すごく好き。

 くっきり二重なのに、くどくない顔つきって、いうのかな?

 ふと視線をあげた課長と目が合ってしまって、思わず反らしてしまう。

 少しの沈黙があった。


「・・・昨日は、かっこ悪いところ見せて、ごめんね。」


 課長が、ほのかな微笑みを顔に残したまま、決まり悪そうに言った。


「え?」

「・・・昨日の帰り・・・、ごめん。

 昨日も言ったけど・・・忘れて、くれるよね?」

 忘れてほしいと思っているんだと、よくわかった。

「・・・わかってます。」

「・・・ありがとう。」

「課長が忘れてほしいって言うなら、忘れます。

 でも私、課長のこと、かっこ悪いなんて思ったことありませんから。

・・・むしろ、かっこ悪いって思えたら、どんなに楽かって・・・。」


 言ってしまってから、はっとしてそのまま黙ってしまった。

(何言ってんの私!

・・・まるで、告白してるみたいじゃん。)


「・・・河本さん、嬉しいけど、そんなふうに言われると、お世辞だってわかっていても・・・、ぐらつきそうになる。

 ・・・男って、単純で馬鹿だから、気のない男に、そんなふうに言っちゃいけないよ。」


 課長が、また少し寂しそうに言った。

「・・・気がないなんて、どうしてそう思うんですか?」

 私が言うと、課長はじっと私の目を見た。

「じゃあ・・・気があるのかな?

 僕のことが、好き?
 
 男として・・・、好き?」

 課長からの突然の問いかけに、ドキドキが止まらない。

 課長は真顔だった。

「・・・それを聞いて、どうするんですか?」

 ここまで来ても、まだ予防線を張ってしまう自分。

 私の、弱虫。

 だけど、課長だって、ずるい・・・。

「そう聞かれるとは思わなかったな…。」

課長は少しの間考え込んでいた。

「なんて答えても、怒らない?」

「…はい。」

「・・・僕はずるいから、そう言われたら、そのまま、そういう関係になるかもね。

 ・・・河本さんのことが、好きかどうか、よくわからないのに。

 でも、すごく気になってる。

 ・・・その気持ちだけで、きっと。

 ・・・上司失格だね。」

突然そう言われて、なんと答えたらいいのかわからなかった。

冗談を言って、誤魔化す以外になかった。

「ちょ、課長・・・、そ、そうですよ!

 サイテーですよ、そういうの!

 ていうか、セクハラですよ!

 ・・・一応、既婚者のくせに!」

 私の言葉に、課長が、ふっと笑った。

「・・・そんなふうに、罵倒されてほっとしたよ。」

「ちょ・・・、冗談だったんですか?!

 からかわないでください!」

「・・・冗談、とも違うよ。

そうしたいのに、そうならないみたいで、ほっとした・・・。」

課長は、茶化すでもなくそう言った。

「さ、ごめんごめん、水を差したね。

ほら、もっと飲もう。

ウイスキーの味はどうかな?」

 課長は、それまでの空気を一蹴するかのようにまた元の明るさに戻った。

 私は、もう少し課長と話したかったのに、いつもこうして線を引かれてしまう。

 ・・・既婚者を好きになるって、こういうことなのかな?

 ・・・それとも、私が、課長の眼中に全くなくて、相手にされていないってこと?


「河本さん?」

 返事をしないでいると、課長に再度呼びかけられた。

「・・・課長は、ずるいです。」

「え?」

「そうやって、弱いところを見せてきたり、気をもたせるようなことを言って・・・。

なのに、私が飛びこもうとすると、ばっと扉を閉めちゃう。

 私、課長のことがわかりかけた気がして、でも遠ざかって、なんだかもう、よくわかりません・・・。」

課長は、黙って聞きながら、何も言わなかった。

これ以上、突っ込んでこないことが、課長の答えなんだよね・・・。

もう、いいんだ。

課長は、私をからかってるだけ。

なんとなく、寂しいときに、私が近くにいただけ。

私、馬鹿みたい。

「・・・なんでもありません、ごめんなさい。」

今日は、とことん、飲もう。

そう思ったときに、頭に窪田さんの顔が浮かんできた。

課長の心が自分にないと確信した途端、窪田さんのことを思い出すなんて、私って、調子がいいな。

ウイスキーでぼんやりし始めた頭で、少し自己嫌悪だった。

「・・・ウイスキーより、私はやっぱりワインかな。

サングリアもいいな。」

私は、再びメニューをめくった。
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