でも、好きなんです。
それからしばらく飲んだ後、店を変えて、また飲んだ。

 二軒目のお店は、一軒目よりもさらに落ち着いた雰囲気のバーで、妙な雰囲気を避けたい気持ちになっていた私としては、複雑な心境だった。

 ・・・課長には、他意はないんだろうけど。

「・・・なんか、いい雰囲気のお店ですね。」

「え?あ、ああ、そうだね。最近、こういうお店が落ち着くように感じてきて。

 昔は、なんだか敷居が高い気がして、気が引けてたんだけどね。

 そう考えると、年をとるって、悪いことばかりじゃないのかな。」

「わかります。

 私も、ひとりとか、同年代の友達とかとだと、こういう雰囲気の大人なお店って、入りにくいなって思います。

なにを頼んだらいいか悩んでしまうし・・・。」

「そうだね。

 結構お腹もいっぱいだし、つまみはそんなにいらないよね。

 チョコレートとか、ナッツもいいかな。」

「ナッツは最近よく食べます。

 お肌にもいいし。」

「じゃあ、ミックスナッツね。

 お酒は・・・僕はまたウイスキーを飲もうかな。

 河本さんは・・・。」

「私は・・・どうしようかな。

 あまり強いお酒は、ちょっとしんどいかも・・・。」

 だいぶ酔ってきたせいで、ところどころため口が混ざってきた。

 課長も結構酔っていて、気に留めていないようだし、無礼講ということにしよう、と勝手に決める。

「リクエストいただければ、お好みのカクテルもお作りしますよ。」

 押しつけがましくない口調で、バーテンダーの男性が、声を掛けてくれた。

「本当ですか!

どうしようかな・・・。」

 私が悩んでいると、バーテンダーの男性は、続けて言った。

「甘い系とか、さっぱり系とか、はしゃぎたい気持ちとか、ほっとする味とか・・・。」

「それじゃあ・・・。」

 一瞬考えて、口に出した。

「失恋を忘れさせてくれるカクテル・・・なんて出来ますか?」

 私が言うと、バーテンダーはにっこりとほほ笑んだ。

「もちろん、ございます。」

「じゃあ、それを一つ。」

 注文を終えて、ふと課長を見ると、なにか言いたげにこちらを見ていた。

 だけど、課長は何も言わなかった。

 私は失恋・・・したんだろうか?

 失恋とすら、言えないのかもしれないな。

 告白して振られたわけでも、課長となにか関係があったわけでもないんだから。



「お待たせいたしました。」

 そう言って、バーテンダーが出したカクテルは、淡い紫色のシャーベット状のカクテルだった。

 一口飲むと、ベリーの甘酸っぱさに、ミントの香りが効いている。底のほうに、少し苦いカルーアとビターチョコレートのソースが入っていた。

「失恋の味?」

 課長が、尋ねてきた。

「ちょっぴり・・・、苦いです。」

 そう答えて、私はカクテルのグラスを見つめた。

 失恋って、まだ、ぺたーっとした液体にはなんてない、シャーベットなんだな。

 ぼんやりと形を留めていて、でも、冷たくって。

 緑色でも青色でもなく、恋だった頃のピンク色を残してて。

 だけど、単なるピンク色だけじゃない。

 他の色に、変わろうとしてしまう、変わってしまう、紫色。

 酔いが回ってきた頭で、そんなことを考えていると、寂しい気持ちになった。
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