でも、好きなんです。
二軒目のバーを出て、課長とホテルに向かった。

フロントでチェックインをして、それぞれの部屋のキーをもらう。

課長も相当酔っているようで、ずいぶん顔が赤い。

「・・・今日は、ありがとうございました。」

エレベーターホールで、エレベーターを待ちながら、私は言った。

「たくさんご馳走になってしまって・・・。」

「こちらこそ、ありがとう。

 色々、ごめん。

 僕ほんと、下手したら、明日河本さんに顔合わせるの、マジで恥ずかしいよ。」

 私は小さく笑った。



 エレベーターが来た。

 二人で乗り込む。その他には、誰も乗ってこなかった。

 無言だった。

 黙ったまま、ゆっくりと変わっていくフロアランプを眺めていた。

 部屋は、八階。この数字が、八になったら、おやすみなさい、を言って、さよなら。

 また、いつもどおりの課長と部下。



 『僕のことが、好き?

 男として、好き?』



 さっき、課長に聞かれたとき、息が止まるかと思った。

 課長は、ずるい。

 弱いふりして、こんなにかっこよくて、あんなふうに思わせぶりなことを言って、課長は、ずるい。



 エレベーターを降りた。

 夢の時間は、おしまい。

 そう思った瞬間、目の前が一瞬、真っ白になった。



「河本さん?!」



 気がつくと、課長に抱きかかえられていた。

 といっても、意識が飛んでいたのは、ほんの数秒のことだったようだ。



「だ、大丈夫?」

「大丈夫です。

 ちょっと・・・飲みすぎたみたいです。」

そう言いながらも、視界がさーっと白んでいくような感覚が続いていた。

「とりあえず、部屋に入ろう。

 横になったほうがいい。」

 課長が、私の持っていたカードキーで、部屋を開け、私をベッドに横たわらせた。



 うっすらとした意識でぼんやりと課長を見ていた。

 課長は、なんだか落ち着かない様子だ。



「河本さん・・・本当に、大丈夫?」

「大丈夫・・・です。」

気分はマシになってきていた。

課長が、コップに水を注いでくれる。

私は、体を起して、水を飲んだ。

冷たい液体がのどに滑り落ちてきて、気持ちが良かった。

課長は、私の様子を見て、ほっとした口調で言った。

「もう・・・、大丈夫みたいだね。

 僕は、もう行くね。

 何かあったら、携帯に連絡してくれて構わないから。」

 そう言って、課長は部屋を出て行こうとした。



「待ってください、課長。」

気がついたら、課長の背中に、抱きついていた。

課長、相当酔っている、なんて思ってたけど、本当に酔ってたのは、私のほうだったみたい。

ふわりと感じる課長の匂い。

駄目だ、好きだ。

「そういう関係になってしまうかもって、さっき、言いましたよね?」

「え?」

「・・・最初のお店で。」

「じゃあ、キスしてください。」

 振り向いた課長が、驚いた表情で私を見た。

 私は、目を反らさなかった。

「キスならいいでしょ?

 大人だもの。」

私は、完全に酔っていた。

きっと課長は、河本さん、随分酔ってるな、なんて言って、私をなだめて終わりだろう。

それが、私と課長の関係。

そう思っていた。 

けれど、課長から発せられた言葉は、思いがけないものだった。

「・・・あまり、生意気言ったらいけないよ?」

次の瞬間、私は強い力で部屋の壁に押し付けられて、課長から口づけられていた。

「・・・っ・・・。」

びっくりとドキドキとで、もう何がなんだかわからなかった。

自分から、仕掛けたくせに。

頭が真っ白だった。

そして、少し、怖かった。

数秒間は、そうしていたと思う。

唇をそっと離して、課長は言った。

まるで、知らない男の人みたいだった。

「河本さんは、男ってものを知らなすぎるよ・・・。

 ・・・それから、君のことを、どうにかしたいっていう男が、たくさんいるっていうこともね・・・。

 僕が、どんな気持ちで、君に一線を引いているのか・・・。」

課長は、何を言っているの?



「・・・ごめん、今日は、これ以上、一緒にいないほうがいいと思う・・・。

 明日は、今までどおり、普通の上司の顔に戻るよ。」


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