S系課長のアメとムチ~恋はお叱りのあとで~

「俺にも一応弁解くらいさせろよ。」

堅く閉じていた目をおそるおそる開くと、想像していたのとは全く別の彼の顔があった。
呆れている様子もなく、怒っている訳でもない。
ただ、嬉しそうに笑っている。
何かの見間違いかと思って、涙を慌てて拭ってみても、そこにあるのは彼の笑顔だった。


「まず、俺は別に安井のことが可愛くて甘やかしている訳じゃない。」

一言も、安井萌の事だとは言っていないのに、それが誰なのかは簡単に分かったらしい。

「昔、言ったろ?怒るにも愛情がいるって。」

その言葉は、かつての私をほんの少しときめかせたのだから、忘れる訳もない。

「言い方は悪いけど、どうでもいい奴には怒るのも無駄ってことだ。あいつ、半年もお前が面倒みてるのに、あの状態ってことは、完全に見込みないだろ。やる気が無いのはどうしようもないんだよ。次の異動で動かしてもらうように人事に頼んどいたから。」
「えっ、でも、部長は気に入って…」
「んな訳ないだろう。前の課長も苦肉の策だよ。あいつに仕事させると、お前が仕事出来ないだろう?だから、出来るだけ部長に連れ出してもらってたってだけ。」
「うそ。」
「嘘じゃねーよ。周りの奴らも、適当に機嫌取って済ませてただろ。下手に刺激して、パワハラだセクハラだ言われても困るから。」

彼の口から語られる真実(なのかもよく分からない)に、驚きすぎて完全に涙は引っ込み、ぽかんとしてしまった。
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