S系課長のアメとムチ~恋はお叱りのあとで~
説教男子のひとりごと
彼女の名前
はじめは、ただのそそっかしい奴だと思っていた。
先が思いやられるような単純なミスを連発して、俺の説教に怯えて小さくなっていた、あの頃。
今ではそれが嘘のように、的確に後輩に指示を出している。
いや、面影くらいはあるだろうか。
キーボードを叩く手を休めて、口に運んだコーヒーが熱すぎたのか、驚いて顔をしかめている。
そんな彼女の姿を視界の隅でとらえて、俺はそっと心の中で微笑んだ。
彼女の名前は、松岡いずみ。
五年前、新入社員の指導係を任された俺は、とにかく徹底的に彼女を鍛えた。
女の子なんだから、もう少し優しくしてあげなよ。
なんて周りからは言われたが、俺の新人の時に比べれば大したことはないし、この程度のことで音を上げるようじゃ、この先もどうせやっていけないのだから、早めにはっきりさせた方が本人のためだと思っていた。
相手が憎いから怒るわけじゃない。
むしろ、逆だ。
俺は、多少そそっかしくて手が掛かるが、彼女のやる気と根性だけは買っていたのだ。
そうして、彼女は俺の説教地獄(と周囲は呼んでいた)を無事耐え抜き、一年後には安心して仕事を一人で任せられるようになった。
それと同時に、俺は当初の予定通り別の支社に異動した。