S系課長のアメとムチ~恋はお叱りのあとで~
「それで、これは今日人事から言われたんだが。」
ほっとしたのもつかの間、部長は俺の目を見ながら、何かを探るように話し始める。
俺の胸がわずかに、どきりと音を立てた。
「木村の代わりに、松岡に異動の話が来てる。」
俺は動揺しながらも、「そうですか」と、何食わぬ顔で相槌を打った。
「交換条件というわけじゃないが、向こうも木村が抜けた穴を埋めないといけないからな。」
「そうですね。松岡なら、木村と交代しても問題ないと思います。」
頭が真っ白になりながら、冷静に上司としての意見を口にした。
仕事上は何の問題もない。
いずみも、勤続年数から言えばそろそろ異動の話が出てもおかしくない頃で、経験を積ませる上でも、それは必要不可欠だ。
タイミングとしては、申し分なかった。
それでも、プライベートの話となると違う。
木村との交替は、すなわち離れた支社への転勤だ。
つきあい始めてたった半年で、遠距離恋愛になるのは、正直苦しかった。
自然と視線は俯きがちになる。
それでも、何とか仕事上の顔を保ったまま、部長の顔をもう一度見れば、想像していたのとは全く違う表情をしていた。
ニヤニヤと、悪戯をする子供のような顔。
仕事でも、周りを驚かすような大胆な指示を出す時、彼はいつもこんな顔をしている。
「松岡の異動の話、断っておいた。」
「は?」
一瞬何を言われたか分からずに、間抜けな声を上げてしまった。
俺の唖然とした姿を見て、課長は今にも吹き出しそうだった。
「だから、松岡は異動させない。」
どういうことですか、と聞こうとしたところ、課長が俺の言葉を遮るように言葉を発した。
「佐藤、あと一年やる。」
何のことか分からずに、部長を見つめ返すと、今度は、はっきりと核心を突くことを言った。
「一年のうちに確実にモノにしろ。一年後にまだ‘’松岡‘’のままだったら、その時は容赦なく一番遠い支社に差し出すぞ。」
言われたことの意味に気が付いて、俺は目を丸くする。
驚いて咄嗟に言葉が出なかった。
まさか、気づかれているとは。