S系課長のアメとムチ~恋はお叱りのあとで~

花束を抱えたまま歩くのは思ったよりも恥ずかしかった。
だが、俺はそれも大して気にならないくらい緊張していて。
彼女のマンションの前で、そんな柄でもない自分に小さく笑った。

誕生日だというのに、彼女が提案してきたのは自分の家でのデートで。
首を傾げてみれば、彼女は笑って、今一番やりたいことを話してくれた。
それは、デパ地下巡りをして、食べたい物を片っ端から買ってくるという計画。
嬉々として、美味しいと評判のデリやチーズの話をする彼女が、可笑しくて、微笑ましくて、愛しいと感じた。

決して、背伸びや無理をしない。
格好を付けたり、本性を隠したりもしない。
それが、松岡いずみという女なのだろう。

きっと、この扉の向こうでは。
このために午後から誕生日休暇まで取った彼女が、絶品の食事とともに、どうだと言わんばかりの顔で待ちかまえて居るに違いない。

一度やると決めたら、必ずやり遂げる。
決して泣き言は言わない。
そんな、松岡いずみに惚れたことを誇りに思う。

田村に嫉妬して、部長に発破をかけられて、すぐにプロポーズしようとしている俺も大概単純な男だと思う。

だけど。
彼女だけは。

誰かに取られる訳にもいかないし。
離れることなんて想像したくもない。
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