S系課長のアメとムチ~恋はお叱りのあとで~
「いずみ、足だいじょうぶか?」

英介さんが、遅れる私に気が付き、振り返った。

「うん、少しだけ歩きづらくて。」
「荷物貸せ。タクシーで行こう。」

夫は、素早く抱っこしていた娘を降ろして、私の手から荷物を取ると、すぐにタクシーを呼び止めるため道路に視線を移す。

「やーだー、なぎ、だっこがいい。タクシー、いやー。」

娘は、大好きなパパの腕から地面へと降ろされ、盛大にぐずりだした。
イヤイヤ期真っ盛りの娘は、一度こうなると、自分の要求が通るまで意地でも動かない。

「私は、いいから。地下鉄で行きましょう。」

私が提案すると、英介さんは軽く首を振ってから、しゃがみこんでなぎさに視線を合わせた。

「なぎさ、ママは、今日きれいな靴をはいてるだろう?でも、この靴だと、あんまり早く歩けないんだ。」
「そうなの?」
「うん、そうなんだ。だから、ママのために、今日はタクシーに乗っていこう。」
「でも、なぎ、パパにだっこしてほしい。」
「うん、タクシーを降りたら、またすぐに抱っこしてあげるよ。でも、少しだけ我慢して。」
「うーん、いいよ。」
「ありがとう。なぎ、大好きだよ。でも、ママはパパの“およめさん”だから、特別なんだ。」
「ママ、およめさんなの?おひめさま?」
「ああ、ママもおひめさまみたいに綺麗だったよ。帰ったら、写真見る?」
「うん!ママ、行こう!」

すっかり機嫌を直して、私の手を握って立ち上がったなぎさを見て、夫は安堵した顔で、タクシーに向けて手を挙げた。

相変わらず、仕事では厳しい夫も、
家では砂糖菓子のように甘い。

少しだけ、照れくさく。
でも、心地よい。

タクシーが止まり、ドアが開く。

「お姫様、どうぞ。」

夫がおどけて、私と娘を後部座席へと促した。

「ありがとう。」

私は、たった一人の王子様に向けて、笑顔で微笑んだ。
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