S系課長のアメとムチ~恋はお叱りのあとで~

「そういえば、お前は泣かなかったな。」

思い出したかのように、彼が呟く。

「自分が悪いのに、泣くのは違うかと思いまして。これでも、必死で我慢してましたよ。」
「偉い、偉い。」

そんなことで褒められるのは初めてだけど。

「男の人には、可愛げがないとよく言われますけど。」
「そうか?泣けばいいと思ってる女よりいいと思うけど。」
「…ありがとうございます。」

褒められれば悪い気はしないので、素直にお礼を言っておいた。
横を見ると、彼はご満悦の表情でハンドルを握っている。


私のアパートが近付いてきた頃、彼が再び話し始めた。

「俺もさ、新人の頃に先輩からこっぴどく説教されたことがあって。その時にはさ、正直勘弁してくれよって思ってたんだよな。今日の松岡と一緒で。」

心の中を見透かされているようで、一瞬どきりとする。

「でもさ、最近分かった。怒るほうも意外と消耗するんだよ。適当にフォローして、いいよいいよって言ってた方が楽なわけ。本人のためにならないけどさ。彼女の時もそうだった。最後には怒る気も失せて、どうでもよくなってった。」

彼の目が少しだけ切なそうに歪んだように見えた。

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