【短編】かき氷
 日が沈んだころ、私は我が子を抱いて散歩に出かけた。



 アスファルトから昇る熱気は、いくらか抑えられてはいたが、蒸し暑さはあった。



 空は暗くなりかかっていて、うっすらと星が見えた。



 そんな星を見上げながら歩く。



――もういい加減に決心しなさい、か……。



 我が子は生後六ヶ月を過ぎている。


 名前だって決めてある。



 でも、父親はいない……



 お父さんに言われなくても分かっていたんだ……



 今の私じゃ、この子を幸せに育ててあげることなんて、できないことを……



――わらびーもち、かきごおりー



 前から走ってきた軽トラックから聞こえた録音テープの声で、我が子が目を覚ました。


 泣き出すかと思っていたら、小さな手を伸ばして言葉じゃない声で話していた。



「なに?かき氷屋さん、気に入った?」



 私は片手で我が子を抱きかかえながら財布をポケットから出して、中を覗いた。


 五百円玉が一つと、残りは十円玉や一円玉がジャラジャラとあるだけだ。


 私はその中から、五百円玉を取り出した。



「あの、かき氷一つ下さい」


「あいよ!ねぇちゃん、何味だい?」


「いえ、シロップなしで」



 首を傾げるかき氷屋のおじさんに五百円玉を渡し、お釣りとシロップなしのかき氷を受け取った。



 河川敷にあるベンチに座り、かき氷のてっぺんを手でつまみ、手を伸ばして待つ我が子に食べさせた。


 かき氷が口の中に入ると満面の笑みをうかべ、手を伸ばし、もっと欲しがった。



「おいしい?でも、お腹こわすといけないからね」



 幸せそうに笑う顔を見て、このままでも幸せになれるような気がした。



 ほとんど残った何も味がついていないかき氷を口に入れた。


 味のないかき氷はただ冷たいだけで、暑さを解消させてくれるだけだった。



でも、私に冷静な判断をさせるのには十分だった。



 私は立ち上がり、家に向かって歩き出した。





――もう決心はついた。



< 3 / 14 >

この作品をシェア

pagetop