【短編】かき氷
 それから数日したある日、家には見知らぬ夫婦の声があった。



「わざわざ、遠い所からいらっしゃって下さり、ありがとうございます」


「いえいえ、とんでもない」



 隣りのリビングからお父さんとお母さんが、見知らぬ夫婦をもてなす声が聞こえていた。



 私も見知らぬ夫婦が来る時間の五分前まではリビングにいたのだけれど、話す自信が失くなって扉を挟んだ和室に一人、佇(たたず)んでいたのだ。



 話しが終わった時、私は扉越しに一言だけ言った。



「――健太って名前なんです!その子の名前!!」



 もうすでに帰っていたのか、返事はなかった。



 私は何を言っているんだろうか。



 聞こえていたとしても、名前は自分達で決めたいだろう。



 そこまで考えると涙がポタポタと畳(たたみ)の上に落ち、小さなシミを作った。



 扉が開き、泣き崩れる私をお母さんは優しく、抱きしめてくれた。



「麻美の人生の為だからな」



 その後ろで立っていたお父さんは数日前までとは違う、優しい口調で呟いた。



 違う!!


 私にとっては……


 私にとってはあの子の……


 健太の為なんだよ。



 今の私が健太にしてやれることなんて、ほとんど無いんだから……


 これが健太を幸せにする為の、たった一つの方法だったんだよ。



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