さくら駆ける夏
第5章 大阪編
一髪屋さんと会う
翌朝―――。
涼君と私は大阪まで来ていた。
一髪屋さんに会うために。
待ち合わせ場所は、小さな公園だったので、土地勘のない私たちは探すのに時間がかかった。
どうにか待ち合わせの時刻までに見つけることが出来て、一安心。
見回してみたけど、まだ一髪屋さんの姿はなかった。
まだ来ていないようだ。
しばらく待っていると、待ち合わせの時間ギリギリになって、私たちに声をかけてきた人がいた。
私たちが振り向くと、口元に軽く笑みを浮かべた四十代ぐらいの男の人が、ゆっくりと歩いてきている。
服装はジーンズに革ジャンと、かなりラフだ。
目鼻立ちなどが、昨日ネットで見た写真の顔とよく似ていたので、すぐに一髪屋さんだと分かった。
ただ、髪が短くなっていたり、ヒゲを生やしていたりして、ネットで見た写真とはだいぶ見た目の印象が変わっていたけど。
「おっす、あんたがさくらちゃんやな」
服装だけでなく、話し方もラフな感じだ。
「はい、初めまして。こちらは、祖父の親戚の清涼院君です」
「清涼院です。よろしくお願いします」
私たちは、頭を下げた。
一髪屋さんは、軽く手を振って言う。
「堅苦しいことは抜きにしよか。俺たちゃ、親子なんやからな」
「いえ、まだ決まったわけではないでしょうし……。その、大変失礼なんですが、根拠といいますか、私を娘だと思われたきっかけなどを教えていただけないでしょうか?」
「なんや、疑ってるんか?」
ちょっと気に障ったのかな?
何だか、今までの父親候補の八重桜さんや本間さんと違って、やりにくいというか……馬が合わないというか……そんな気が、早くも私にはしていた。
丁寧で礼儀正しい口調だった八重桜さんは言うまでもなく、本間さんも馬が合わないという感じの人ではなかったし。
本間さんは、最初はかなり無茶なことをしていたように思ったけど、差し向かいで話してみると、話しにくいような人柄ではなかったから。
まぁ、そうじゃないと、チェリーブロッサムという大きな組織を率いられないだろうし。
ボスには人望と人柄も大事だろうから。
「いえ、そうではないんです。父親の候補者が一髪屋さん以外にも、お二人ほどいらっしゃいまして」
「なんやて? どこのどいつや?」
怒ったようなキツイ口調だ。
うう、やっぱこの人、私は苦手かも……。
「それを口にするのは、そのお二人に対する礼儀を欠いていることになりますので。それで、さくらちゃんは何か証拠のようなものを、求めているのですよ」
戸惑ってる私を見て、涼君が代わりに補足説明をしてくれた。
「そかそか、声を荒げて堪忍な。いやいや、俺が親やのに、よそのワケわからんヤツらが勝手にウソついて名乗り出とったら、腹も立つやん? そこんとこは、こっちの気持ちも汲み取って許してーな。まぁ、とりあえず、座ろか。そこのベンチに適当に」
私たちは、腰を下ろした。
「ほんで、証拠出せへんと話が進まんのやろ。ほら、これでええか」
そう言うとポケットから、私たちにとっては見慣れたキーホルダーを取り出す一髪屋さん。
八重桜さんのときに一度経験していたので、今回の不意討ちにも、そのときほど私たちは驚かなかった。
まぁ、それなりには驚いたけど。
この人も持ってるんだ……。
「あれ? リアクションえらい薄いやん。俺もこのキーホルダー持ってるって、すごいことちゃう?」
「ええ、はい。確かに……。でも、先ほど言いましたお二人のうちの一人の方も、同じキーホルダーを持たれてまして」
一髪屋さんに恐れを抱きつつあった私は、おずおずと言った。
「なんやて?! まさか他にもファウンテンのヤツらが………いや、なんでもない。そうか、よそのヤツも持ってたか」
ファウンテンって何だろう?
「ファウンテンというのは?」
涼君が聞いてくれた。
「いんや、なんでもないんや。忘れてんか。それより……うーん、弱ったのぅ。このキーホルダー出したら、一発で納得してくれると思っててん。『一発で』な! 俺の芸名が一髪屋なだけに、ってかぁ。ぶ、ぶわははは」
ゲラゲラ一人で笑い転げる一髪屋さん。
うう~、寒いよ~。
固まってると怒られそうだけど……でも笑えないし……。
「ほな、どうしたらええねんろ」
涼君と私は黙ったままだったけど、一髪屋さんは意外にも怒る様子はなく、困ったような表情で言った。
そこで、私は提案してみた。
「あの~。DNA鑑定はどうでしょうか?」
「なんやそれ。魚に入ってるアレか?」
それはDHAでしょ、と突っ込みたくなるのをこらえた。
「いえ、そうではなく、血のつながりがあるかどうかを調べる鑑定、みたいなものです」
「そんな便利なもんがあるんかぁ、へぇ~。科学の進歩っちゅうのはすごいもんなんやなぁ。ハイテクやん」
一髪屋さんは、何だか無性に感心しているようだ。
「ほな、その鑑定団にお願いすりゃ、ええわけやな」
「ええ、できればそうしたいですね。いつ頃なら、ご都合つきますか?」
さっそく私は、鑑定の日時を決めたいと思った。
鑑定「団」のところはスルーで……。
それにしても、意外と早く話がまとまりそうで、少しびっくり。
馬が合わないと思ったのは気のせいで、交流を続けていけば、もしかしたら仲良くなれるのかも。
「ほな、来週の火曜でええか? えーと、今から四日後や。明日とあさってはライブの予定が入っとるし、月曜は用事があるし、あかんねん」
来週火曜日……その日は、涼君の部活もないらしく、こちらとしても好都合だ。
私たちは、二つ返事で了承した。
八重桜さんの鑑定がたしか水曜だったから、来週は火曜水曜と忙しくなるなぁ。
でも、そこで一気に状況が進展しそう。
ちょっとだけ心が軽くなった。
「それでオッケーやな」
一髪屋さんは、満足そうに言った。
「ほな、『親子水入らず』といこか。何でも聞いてーな。俺の栄光の軌跡なんかはどうや? 俺が歌手なんは知ってるんやろ?」
「はい、『ふられた今宵、わななき夜桜』ですよね?」
「ちゃう!」
大きな声で怒る一髪屋さん。
え?
曲名、間違ってたっけ。
前言撤回……やっぱ私は、この人、苦手かも。
涼君と私は大阪まで来ていた。
一髪屋さんに会うために。
待ち合わせ場所は、小さな公園だったので、土地勘のない私たちは探すのに時間がかかった。
どうにか待ち合わせの時刻までに見つけることが出来て、一安心。
見回してみたけど、まだ一髪屋さんの姿はなかった。
まだ来ていないようだ。
しばらく待っていると、待ち合わせの時間ギリギリになって、私たちに声をかけてきた人がいた。
私たちが振り向くと、口元に軽く笑みを浮かべた四十代ぐらいの男の人が、ゆっくりと歩いてきている。
服装はジーンズに革ジャンと、かなりラフだ。
目鼻立ちなどが、昨日ネットで見た写真の顔とよく似ていたので、すぐに一髪屋さんだと分かった。
ただ、髪が短くなっていたり、ヒゲを生やしていたりして、ネットで見た写真とはだいぶ見た目の印象が変わっていたけど。
「おっす、あんたがさくらちゃんやな」
服装だけでなく、話し方もラフな感じだ。
「はい、初めまして。こちらは、祖父の親戚の清涼院君です」
「清涼院です。よろしくお願いします」
私たちは、頭を下げた。
一髪屋さんは、軽く手を振って言う。
「堅苦しいことは抜きにしよか。俺たちゃ、親子なんやからな」
「いえ、まだ決まったわけではないでしょうし……。その、大変失礼なんですが、根拠といいますか、私を娘だと思われたきっかけなどを教えていただけないでしょうか?」
「なんや、疑ってるんか?」
ちょっと気に障ったのかな?
何だか、今までの父親候補の八重桜さんや本間さんと違って、やりにくいというか……馬が合わないというか……そんな気が、早くも私にはしていた。
丁寧で礼儀正しい口調だった八重桜さんは言うまでもなく、本間さんも馬が合わないという感じの人ではなかったし。
本間さんは、最初はかなり無茶なことをしていたように思ったけど、差し向かいで話してみると、話しにくいような人柄ではなかったから。
まぁ、そうじゃないと、チェリーブロッサムという大きな組織を率いられないだろうし。
ボスには人望と人柄も大事だろうから。
「いえ、そうではないんです。父親の候補者が一髪屋さん以外にも、お二人ほどいらっしゃいまして」
「なんやて? どこのどいつや?」
怒ったようなキツイ口調だ。
うう、やっぱこの人、私は苦手かも……。
「それを口にするのは、そのお二人に対する礼儀を欠いていることになりますので。それで、さくらちゃんは何か証拠のようなものを、求めているのですよ」
戸惑ってる私を見て、涼君が代わりに補足説明をしてくれた。
「そかそか、声を荒げて堪忍な。いやいや、俺が親やのに、よそのワケわからんヤツらが勝手にウソついて名乗り出とったら、腹も立つやん? そこんとこは、こっちの気持ちも汲み取って許してーな。まぁ、とりあえず、座ろか。そこのベンチに適当に」
私たちは、腰を下ろした。
「ほんで、証拠出せへんと話が進まんのやろ。ほら、これでええか」
そう言うとポケットから、私たちにとっては見慣れたキーホルダーを取り出す一髪屋さん。
八重桜さんのときに一度経験していたので、今回の不意討ちにも、そのときほど私たちは驚かなかった。
まぁ、それなりには驚いたけど。
この人も持ってるんだ……。
「あれ? リアクションえらい薄いやん。俺もこのキーホルダー持ってるって、すごいことちゃう?」
「ええ、はい。確かに……。でも、先ほど言いましたお二人のうちの一人の方も、同じキーホルダーを持たれてまして」
一髪屋さんに恐れを抱きつつあった私は、おずおずと言った。
「なんやて?! まさか他にもファウンテンのヤツらが………いや、なんでもない。そうか、よそのヤツも持ってたか」
ファウンテンって何だろう?
「ファウンテンというのは?」
涼君が聞いてくれた。
「いんや、なんでもないんや。忘れてんか。それより……うーん、弱ったのぅ。このキーホルダー出したら、一発で納得してくれると思っててん。『一発で』な! 俺の芸名が一髪屋なだけに、ってかぁ。ぶ、ぶわははは」
ゲラゲラ一人で笑い転げる一髪屋さん。
うう~、寒いよ~。
固まってると怒られそうだけど……でも笑えないし……。
「ほな、どうしたらええねんろ」
涼君と私は黙ったままだったけど、一髪屋さんは意外にも怒る様子はなく、困ったような表情で言った。
そこで、私は提案してみた。
「あの~。DNA鑑定はどうでしょうか?」
「なんやそれ。魚に入ってるアレか?」
それはDHAでしょ、と突っ込みたくなるのをこらえた。
「いえ、そうではなく、血のつながりがあるかどうかを調べる鑑定、みたいなものです」
「そんな便利なもんがあるんかぁ、へぇ~。科学の進歩っちゅうのはすごいもんなんやなぁ。ハイテクやん」
一髪屋さんは、何だか無性に感心しているようだ。
「ほな、その鑑定団にお願いすりゃ、ええわけやな」
「ええ、できればそうしたいですね。いつ頃なら、ご都合つきますか?」
さっそく私は、鑑定の日時を決めたいと思った。
鑑定「団」のところはスルーで……。
それにしても、意外と早く話がまとまりそうで、少しびっくり。
馬が合わないと思ったのは気のせいで、交流を続けていけば、もしかしたら仲良くなれるのかも。
「ほな、来週の火曜でええか? えーと、今から四日後や。明日とあさってはライブの予定が入っとるし、月曜は用事があるし、あかんねん」
来週火曜日……その日は、涼君の部活もないらしく、こちらとしても好都合だ。
私たちは、二つ返事で了承した。
八重桜さんの鑑定がたしか水曜だったから、来週は火曜水曜と忙しくなるなぁ。
でも、そこで一気に状況が進展しそう。
ちょっとだけ心が軽くなった。
「それでオッケーやな」
一髪屋さんは、満足そうに言った。
「ほな、『親子水入らず』といこか。何でも聞いてーな。俺の栄光の軌跡なんかはどうや? 俺が歌手なんは知ってるんやろ?」
「はい、『ふられた今宵、わななき夜桜』ですよね?」
「ちゃう!」
大きな声で怒る一髪屋さん。
え?
曲名、間違ってたっけ。
前言撤回……やっぱ私は、この人、苦手かも。