さくら駆ける夏

プール

「プール、俺んちの近くのとこでいいかな? 綺麗なところで、料金もあまり高くないから、頻繁に通ってた時期もあるんだ。しょっちゅう混んでるところが、玉に瑕(きず)だけどね」
「それじゃ、そこにしよっ! また案内よろしくね」
 私の家の近くにはプールがなく、行くときはいつも遠出をしていたので、ちょうどよかった。
「了解! それじゃ、いったん水着を取りに帰らないとね」
 私たちは清涼院家へ戻ることにした。



「うわぁ、思ってたよりも大きいな」
 プールのある施設の建物前まで到着すると、私が言った。
「この建物の二階に、ダーツやビリヤードを出来る場所や、カラオケボックスなどもあるらしいからね」
「色々あるんだね~。今度来るときは、そっちもやってみよっか。また連れてきてくれる?」
「うん、もちろん」
 さりげなく、次また連れてきてもらう約束をゲットできた!

「それじゃ、入ろう」
 涼君はそう言うと、建物の入り口へ向かって歩き出したので、私もついていった。



 受付を済ませ、お互い更衣室に別れて着替えをする。
 私の方が時間がかかってしまったけど。



「お待たせ!」
 着替え終えた私は、プールの入り口で待っていてくれた涼君に声をかける。
 涼君の水着は、シンプルなサーフパンツで、紺色で無地だった。
 うん、涼君は何を着てもよく似合う!
 そして、程よく筋肉のついた、いい身体だ。
 やっぱりかっこいい!

 私はどの水着にするか迷ったけど、ピンクのフリル付きワンピースのを選んだ。
 浴衣の時に、ピンクが好評だったこともあり、色で選んだ部分もある。

「うわぁ、すごくかわいいよ。似合ってるね」
 涼君は、笑顔で言ってくれた。
「あ、ありがとう。涼君もよく似合ってるよ」
「こちらこそありがとう」
 涼君は少し頭をかきながら言った。
「それじゃ、行こう!」
 涼君は元気よく、プールの入り口へ向かって歩いていく。
 私もすぐあとについていった。



 プールは、思ってたよりも人で混みあっていた。
「ちょっと混んでるけど、土日よりはマシかな」
 涼君が言う。
 なるほど、土日はもっと混むのかぁ。
「それじゃ、水に入ろっか」
 私はすぐ水に入ろうとしたが、涼君に止められた。
「待って。一応、準備運動してからね」
 たしかに、それは大事だ。
 うっかりしてたなぁ。
 さすが、涼君。
 私たちは準備運動をしてから、ゆっくりと水に入った。

「涼君は、泳ぎが得意なの?」
 気になって聞いてみた。
「苦手ではないかな。一応これでも運動部だしね。まぁ普通ぐらいかな。さくらちゃんは?」
 うう……聞くんじゃなかった。
 また幻滅されちゃう……。

「全然ダメかも。十五メートルくらいしか泳げなくて。なぜか沈んじゃうし、息継ぎも出来ないんだよね……」
「そっかぁ……。それなら、プールじゃなく、別の場所へ行けばよかったね。ごめん……」
 申し訳なさそうに涼君が言う。
「ううん、気にしないで。泳げないなりに楽しめると思うから」
 私はそう言ったけど、正直、浮き輪が恋しかった。
 友達と海やプールに行くとき、バッグに詰めるのが面倒だったり、すっかり忘れたりして、結局持っていかないことがほとんどなんだけど……実は、自分の部屋に浮き輪はある。
 そして、「浮き輪を持ってくればよかったぁ」って、いつもこういうシチュエーションになってから思うんだよね……。
 ここのプールは足がつく深さだし、溺れることは少ないはずだけど、浮き輪があるだけで安心感が格段に違うんだな、これが。

「それじゃ、つかまりたかったら、俺の腕につかまってね」
「え?」
「もしよかったら……でいいよ」
 頬が熱くなるのを感じた。
 心なしか、何だか涼君の顔もちょっと赤いみたいに見える。
 うーん、私は意識しすぎなのかなぁ。
 もっと自然にしていないとダメなのかなと思う。
 でも、意識するなっていうのは難しいんだよね……。
 とりあえず、涼君の腕につかまるなんて、想像するだけで恥ずかしいので、すぐには無理だった。

「それで、さくらちゃんは、水があまり好きじゃないってこと?」
「ううん、そういうわけじゃなくて。水に顔をつけることは何ともないんだよ。ただ、水に入ると沈むの。息継ぎのときもそうやって沈むから、一度もできなくて。それで、まともに泳げない」
 私はもうすっかり開き直って、隠さずに言った。
「そっか、水が苦手ってわけではないんだね」
「うん」

 次の瞬間、涼君がイタズラっぽく笑ったかと思うと、いきなり水を私にかけてきた。
 不意打ちでびっくり仰天!
「ちょっと、涼君! 何するの!」
「だって、水は苦手じゃないって言うから」
 涼君は面白そうに笑っている。
 私も表向き抗議はするけど、ついつい笑ってしまう。
「たしかにそれはそうなんだけど……突然、水をかけられるのは誰だって嫌でしょ~」
「うん、そうかもね。でも、嫌って言いながら、さくらちゃん、今笑ってるもん。嫌じゃないんでしょ、ほら、ほら~」
 言うと、また水をかけてくる涼君。
 もう~。
 楽しくなくもないから……別にいいけど。

「それじゃ、反撃いきまーす」
 そう宣言してから、私も水をかけ返した。
「うわっ!」
 手で顔をガードする涼君。
 調子に乗った私は、さらにエスカレートした。
 両手を大きく振りかぶると、勢いよく水面に振り下ろして、激しい水しぶきを涼君に浴びせる。
「うわっ、やめてやめて!」
 言いつつ、涼君も笑っている。
 もう一回しようっと。
 そして、同じように大きく振りかぶった。
 そのとき―――。

「あれ?!」
 涼君がそこまでとは調子の全く違う、本気で驚いたような声を挙げたので、私は思わず動きを止めた。
 両手を大きく振り上げたポーズのまま。
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