さくら駆ける夏
「おお、もう来てくれたのか!」
病室のおじいちゃんは、元の明るさを徐々に取り戻していたようで、ちょっと安心した。
「ただいま。はい、これ。この将棋盤と駒箱でしょ?」
「ああ、これだこれだ。助かったよ」
おじいちゃんは嬉しそうだ。
「でも、ここ個室なのに、誰と将棋を指すの?」
「お見舞いに来てくれた人とか、ここで出来る友人とかに決まってるじゃろ」
なるほど、おじいちゃんは誰とでもすぐに仲良くなれる人なので、話し相手や友達を作るのに困るタイプではないか。
「それで、これ。キーホルダーとポケットアルバムを持ってきたんだけど」
私はバッグから、それらを取り出した。
「それでね、聞こうと思ってたんだけど。おじいちゃんも押し花を作るんでしょ」
おじいちゃんは、一瞬きょとんとした様子をしたが、すぐに笑って言った。
「まぁそんなに上手ではないが、やらんこともないな」
「それじゃ、このキーホルダーに入ってる花びらなんだけど……。ここから、桜の木の種類とかって分かんないかな?」
私の言葉に、おじいちゃんは少し険しい表情になる。
「残念じゃが、わしにはさっぱりじゃ。そもそも、木の種類を特定したとしても、この京都市内だけでも数え切れないほどの木があるじゃないか。これがどの木のものかなんて、分かるとは思えないな」
たしかにおじいちゃんの言う通りだと思った。
ここを取っ掛かりにするのは無理かも……。
私は続いて、もう一つ気になっていたことを切り出した。
「このアルバムに書いてある『マツダイラ・カメラ店』……ここで写真が現像されたってことよね?」
「ああ、これはそういうことじゃろうな。ふむ、お前の実の両親は、この店の近所に住んでいる、もしくは過去に住んでいたのかもしれないな。普通、写真を現像するのに、そんなに遠出しないじゃろうから。この店は、個人店のようだし、ひょっとしたら両親はお得意様だった可能性もあるな」
私の考えていた通り、手がかりになりそうだったので、ちょっと嬉しかった。
「とりあえず、今ある手がかりはこれだけだし、このお店に行ってみるね。実の両親の名前や容貌も分からない上に、十数年前の話だし、結局何も情報が得られない可能性も高いけど……このままじっとしていられないの」
「もし、その店で何も分からなかったら、次はどうするつもりなんじゃ?」
「うーん……」
私は考え込んだ。
今のところ、これ以外の手がかりがない。
どうしたらいいんだろう。
「このお店の近くに、両親の家があるのなら、探してみたい。もちろん、どんな家か、両親はどんな人か、などの情報は一切ないんだけど……この唯一の手がかりから探していくしかないから。幸い、八月いっぱいまで夏休みだから、この休みを使ってね。色々遊びにいく予定を立ててたんだけど、とりあえずいったんは白紙にするよ」
少し考えてから、私は言った。
「気持ちは分かるが、ほんとにいいのか? お前ぐらいの年だと、思い出作りが大事だと思うし、いっぱい遊んだほうがいいとおもうんじゃが……」
「だって、気になって仕方ないもん。ほんとに、ただ一度でいいから会ってみたい。ずっと連絡を取り合おうとかは考えてないの。一度会って話せたら、それで納得するから。どんなことがあっても、私の両親は亡くなったお父さんお母さん。生んでくれた両親には申し訳ない気持ちはあるけど、これだけは変わらないんだ」
「何か……打ち明けたことを後悔しそうじゃ。ほんとによかったのか……」
おじいちゃんは複雑な表情だ。
「打ち明けてくれて、本当にありがとう」
私は心をこめて言った。
言いにくかっただろうに、しっかり伝えてくれたおじいちゃんに、本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。
「さくらが、そう言ってくれるなら」
おじいちゃんは、笑顔を見せてくれた。
「しかし、家からこのカメラ店まで、けっこう距離がないか? このカメラ店がある街まで、頻繁に通うつもりなのか?」
たしかに、そこそこ距離があるようだった。
電車を乗り継いで、一時間半ぐらいはかかりそうだ。
「でも、このぐらいなら、しょうがないんじゃないかな」
「そうは言うが、交通費もかかるし、いちいち自宅から行くのも考え物だぞ」
うーん。
それは分かってるんだけど。
でも他にどうしようもないじゃん。
病室のおじいちゃんは、元の明るさを徐々に取り戻していたようで、ちょっと安心した。
「ただいま。はい、これ。この将棋盤と駒箱でしょ?」
「ああ、これだこれだ。助かったよ」
おじいちゃんは嬉しそうだ。
「でも、ここ個室なのに、誰と将棋を指すの?」
「お見舞いに来てくれた人とか、ここで出来る友人とかに決まってるじゃろ」
なるほど、おじいちゃんは誰とでもすぐに仲良くなれる人なので、話し相手や友達を作るのに困るタイプではないか。
「それで、これ。キーホルダーとポケットアルバムを持ってきたんだけど」
私はバッグから、それらを取り出した。
「それでね、聞こうと思ってたんだけど。おじいちゃんも押し花を作るんでしょ」
おじいちゃんは、一瞬きょとんとした様子をしたが、すぐに笑って言った。
「まぁそんなに上手ではないが、やらんこともないな」
「それじゃ、このキーホルダーに入ってる花びらなんだけど……。ここから、桜の木の種類とかって分かんないかな?」
私の言葉に、おじいちゃんは少し険しい表情になる。
「残念じゃが、わしにはさっぱりじゃ。そもそも、木の種類を特定したとしても、この京都市内だけでも数え切れないほどの木があるじゃないか。これがどの木のものかなんて、分かるとは思えないな」
たしかにおじいちゃんの言う通りだと思った。
ここを取っ掛かりにするのは無理かも……。
私は続いて、もう一つ気になっていたことを切り出した。
「このアルバムに書いてある『マツダイラ・カメラ店』……ここで写真が現像されたってことよね?」
「ああ、これはそういうことじゃろうな。ふむ、お前の実の両親は、この店の近所に住んでいる、もしくは過去に住んでいたのかもしれないな。普通、写真を現像するのに、そんなに遠出しないじゃろうから。この店は、個人店のようだし、ひょっとしたら両親はお得意様だった可能性もあるな」
私の考えていた通り、手がかりになりそうだったので、ちょっと嬉しかった。
「とりあえず、今ある手がかりはこれだけだし、このお店に行ってみるね。実の両親の名前や容貌も分からない上に、十数年前の話だし、結局何も情報が得られない可能性も高いけど……このままじっとしていられないの」
「もし、その店で何も分からなかったら、次はどうするつもりなんじゃ?」
「うーん……」
私は考え込んだ。
今のところ、これ以外の手がかりがない。
どうしたらいいんだろう。
「このお店の近くに、両親の家があるのなら、探してみたい。もちろん、どんな家か、両親はどんな人か、などの情報は一切ないんだけど……この唯一の手がかりから探していくしかないから。幸い、八月いっぱいまで夏休みだから、この休みを使ってね。色々遊びにいく予定を立ててたんだけど、とりあえずいったんは白紙にするよ」
少し考えてから、私は言った。
「気持ちは分かるが、ほんとにいいのか? お前ぐらいの年だと、思い出作りが大事だと思うし、いっぱい遊んだほうがいいとおもうんじゃが……」
「だって、気になって仕方ないもん。ほんとに、ただ一度でいいから会ってみたい。ずっと連絡を取り合おうとかは考えてないの。一度会って話せたら、それで納得するから。どんなことがあっても、私の両親は亡くなったお父さんお母さん。生んでくれた両親には申し訳ない気持ちはあるけど、これだけは変わらないんだ」
「何か……打ち明けたことを後悔しそうじゃ。ほんとによかったのか……」
おじいちゃんは複雑な表情だ。
「打ち明けてくれて、本当にありがとう」
私は心をこめて言った。
言いにくかっただろうに、しっかり伝えてくれたおじいちゃんに、本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。
「さくらが、そう言ってくれるなら」
おじいちゃんは、笑顔を見せてくれた。
「しかし、家からこのカメラ店まで、けっこう距離がないか? このカメラ店がある街まで、頻繁に通うつもりなのか?」
たしかに、そこそこ距離があるようだった。
電車を乗り継いで、一時間半ぐらいはかかりそうだ。
「でも、このぐらいなら、しょうがないんじゃないかな」
「そうは言うが、交通費もかかるし、いちいち自宅から行くのも考え物だぞ」
うーん。
それは分かってるんだけど。
でも他にどうしようもないじゃん。