さくら駆ける夏

涼君の高校へ

 翌朝、涼君は早朝に登校していった。
 部活の練習のためだ。
 私も、あとで見学に行く約束をしている。
 見学と言っても、こないだみたいに、フェンスの外からなんだけど。

 みんなと一緒に朝食をとった私は、自然と涼君のことを頭に思い浮かべた。
 沙織の「頑張れ!」の言葉も。
 頑張らないとね……。



 今日の私には秘策があった。
 手作りサンドイッチを持っていこうという作戦だ。
 すでに、美優さんや美也子さんたちに、キッチンを使用する許可と食材を使用する許可を取っておいた。
 そして、お二人に手伝ってもらう約束も。
 私は、料理があまり得意じゃないので、レパートリーが限られているのが寂しいところだけど。

 ハムと卵焼き、トンカツ、レタスとトマトの三種類のをとりあえず作った。
 トンカツと卵焼きは、かなり美優さんたちに手伝ってもらったけど。
 これじゃ、私が作ったとは言えないような気もするなぁ……。
 仕方ないかぁ……一人じゃ無理なんだし。
 美優さんたちに手伝ってもらったお礼を言い、作ったサンドイッチを二つのお弁当箱に詰め込むと、私はいったん自分の部屋に戻る。
 ちょっと休憩するつもりだった。



 でも、自分の部屋でしばらくのんびりするつもりだったはずなのに、涼君がいないと、寂しくて元気が出ない私。
 結局、十分も経たないうちに私は出発した。



 外に出ると、今日も暑くなりそうだということが予想できるほどの、雲一つない快晴だ。
 天気予報によると、一日中、晴れるらしい。
 午後からは直真さんとの待ち合わせがあるから、できれば晴れていてほしいけど、暑いのは勘弁してほしかった。
 セミ軍団は、朝から活発に活動しているようだ。
 セミの声、私は嫌いじゃないな。

 以前も使った特等席のベンチまで到着すると、さっそくフェンス越しにグラウンドを覗いてみた。
 今日は試合形式じゃないということだったので、部員さんたちはバラバラの位置でリフティングをしている。

 あ、涼君だ!
 姿を見つけるだけで、ちょっとテンションが上がった。
 涼君は、まだ私に気づいていないようだ。
 今朝会ったとき、「しばらくしてから見に行く」って言ってあるから、まさかこんなに早く見に来ているとは思わなかったんだろう。
 しばらく、練習を……というよりも涼君を眺めていると、奥の建物のほうからジャージ姿の女子が一人出てきた。

 女子はその子一人だけのようなので、マネージャーさんだろうか。
 部員さんたちと、軽く言葉を交わしているのが見えた。
 特に涼君とは、かなり長く会話しているみたいだ。
 胸がズキッと痛む。
 そりゃ、マネージャーさんなら、キャプテンの涼君と長く話していても、何らおかしいことはないし、仲良しなのも当然だとは分かってるんだけど……。
 涼君が、ふいに笑う。
 マネージャーとおぼしき子も、一緒になって笑っている。
 何を話しているのかな。
 見ていられなくなった私は、ベンチをいったん離れた。



 グラウンドとは逆側にあたる方角を何気なく眺める。
 少し離れたところに、そこそこ大きな川が流れていた。
 水の色はさほど透き通っていないようだ。
 川の上流のほうへと視線を移すと、落差がほとんどない小規模な滝が、二つほど連続しているのが見える。
 その小さな滝の真ん中ぐらいに、岩が一つだけあった。
 今にも流されたり、滝に飲まれたりしそうなくらい、ちっぽけな岩が。

 そんな風に、ぼーっと川を見つめていた私は、ざわざわと人声がグラウンドのほうからしたことに気づき、再びそちらに目をやった。

 もうマネージャーの子の姿はない。
 真剣な表情でリフティングをしていた涼君が、急にこちらに気づいたみたいだ。
 目が合うと、笑いかけてくれた。
 言葉はなかったけど、ただそれだけで、私の心を喜びが満たしていく。
 すると、涼君の周りにいる二人の部員さんも、私のほうを向いた。
 慌ててベンチを離れる私。
 私が涼君を見ていることがバレて、そのことで涼君が他の部員さんたちから冷やかされると、気まずくなっちゃうかもしれないし……。
 私は、しばらくまた川のほうへ目を向けた。
 さっきの岩に、いつどこから飛んできたのか、一羽の綺麗な白い鳥が止まっているのが見える。
 悠然とした様子が、私の印象に残った。

 またゆっくりベンチに戻って、涼君を見ると、今度はいきなり目が合ってびっくり。
 探してくれてた?
 いつの間にか、気温が上昇してきていたみたいだけど、この顔のほてりはきっとそれだけが原因じゃないはず……。



 そうしてずっと見学していると、いつしか練習終了の時間が来たのか、部員さんたちが奥の建物のほうへ全員歩き去っていって、グラウンドには誰もいなくなった。
 腕時計を見ると、もうお昼近い。
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