さくら駆ける夏
「俺が操作したときは、さっきのナンバーで開いたはずだよ。多分これは、フライバック機能のようなものじゃないかな」
「フライバック?」
「厳密に言うと、この金庫のシステムにそういう言い方をするのは間違いかもしれないけどね。フライバックというのは、時計のストップウォッチとかで、計測中にリセットボタンを押すと、数字がゼロに戻るものの、引き続きそのまま計測を続ける機能のことだよ。他の意味もあったはずだけど、ちょっと忘れちゃった。それでね、つまり、この金庫の場合、ナンバーをそろえて金庫を開いても、扉を開けているうちに、ひそかにナンバーがオール・ゼロにリセットされる仕組みなんだと思う。ちょっと試してみるね」
涼君は、いったん金庫の扉を閉じる。
ガチャリという音がして、鍵がかかったのが分かった。
そして涼君は、ナンバーを再度そろえはじめる。
「0038758946」と……。
すると、ガチャリと音がした。
涼君が取っ手を引っ張ると、扉が開いていく。
私たちが、ずっと数字を注視していると………。
何やら「シャン」というような、かすかな音がしたかと思うと……一瞬にして、数字がオール・ゼロに戻ってしまったのだった!
うわ~、何もかも、涼君の言うとおりだ。
なんて頭がいいんだろう。
運動神経もいいのに。
それに比べて、私って…………。
何だか惨めになってくるので、そういうことを考えるのはやめた。
「涼君、色んなことを知ってるね」
「いえいえ、こう見えて推理小説が大好きなんだよ。それはそうと、引き続きアルバムを見ていこうよ」
私たちは再び、金庫の中のアルバムに視線を戻す。
アルバムの後半では、胡桃さんの写真が増えてきた。
きっと、おじいちゃんとも仲がよかったんだろう。
それに本間さんが言ってたように思うけど、胡桃さんは劇団のマドンナ的存在だったらしいし。
特に気になる写真はないままに、しばらくするとアルバムは終わってしまった。
私たちは、そっとアルバムを閉じる。
すると、裏表紙に文字が書いてあることに気づいた。
なぜか、おじいちゃんの筆跡で、私の育ての両親と私の三人の名前が書かれている。
育ての両親とは、私が七歳のときに亡くなった二人のことだ。
その私たち三人の名前の前には、それぞれ別々の日付が記されている。
ただ、私の名前の前にだけは、二つの日付が書いてあった。
片方は私の誕生日だし納得なんだけど、もう片方はそこからちょうど一年ほど後の日付だ。
つまり、私が一歳ぐらいのときの日付……。
また、育ての両親たちの名前の前の日付は、全く意味が分からなかった。
二人の誕生日ってわけでもないし。
涼君も私と一緒に、裏表紙に書かれた日付を真剣な顔で見てくれている。
「これって、さくらちゃんの誕生日かな?」
「うん、片方はね。でも後のほうは知らない。ここには、育ての両親の名前と日付もそれぞれあるけど、どっちも二人の誕生日じゃないよ。何の日付なんだろ……意味が分かんないね」
そして、それらの名前と日付のずっと下、裏表紙の一番下には、「アルバム3へ」と書いてある。
そういえば、育ての両親や私の写っている写真はこのアルバムには一枚もなかったから、その「アルバム3」に収めてあるってことだろうか。
もっとも、私の小さい頃の写真はだいたい、育ての両親が遺してくれたアルバム数枚に入っているので、私も持っているはず。
おじいちゃんしか持ってない、私の写真なんて存在するようには思えないんだけど。
このアルバムでもっと色んなことが分かると思ってたのに、結局あまり進展しなかったなぁ。
「うーん、もっとはっきりした手がかりになるものが入ってると思ったんだけどなぁ。おじいちゃんは絶対、何か隠してるし。そもそも、おじいちゃんが隠してることって、何なのかな」
涼君は、深く深く考え込んだ様子で答えてくれた。
「きっと、ヒサさんは、さくらちゃんの実のご両親が誰かということを知ってるんだろうね」
やっぱり、そういうことになるよね。
私もそうじゃないかと、薄々、感じてはいた。
「でも、どうして隠すんだろ?」
「うん、そこが俺も引っかかってるんだ。もし、さくらちゃんに知られたくないのなら、そもそも最初から『さくらちゃんには実の両親が別にいる』なんてこと、言わなきゃ済む話なんだからね。それに、もしそうして言うのなら、いっそのこと最初から、さくらちゃんの実の両親は誰なのかってことを、洗いざらい話してしまえばいいと思うし、むしろそうするべきだと思うね。自分の知っていることを全部言わずに、こうしてさくらちゃんに苦労させて、何がしたいのか……意図がさっぱり分からないな」
「うん……」
涼君の言うとおりだった。
おじいちゃんの考えてることが、まるで分からない……。
そのとき、玄関から音が聞こえた。
おじいちゃんが帰ってきたんだろう。
私たちは急いで、アルバムやキーホルダーなどを金庫に戻す。
そして金庫を元通りの場所に移動させた。
ふと時計を見ると、いつの間にか、もう六時五分前になっている。
そろそろ、花火大会へ出発する時間だ。
「あ、さくらちゃん、こんなときに申し訳ないんだけど……浴衣は着ないのかな?」
「あああ! そうだった!」
のんびりしてる場合じゃなかった。
色々と考えることが多すぎて、うっかり……。
私は着替えをするため、大慌てで自分の部屋へと向かった。
「フライバック?」
「厳密に言うと、この金庫のシステムにそういう言い方をするのは間違いかもしれないけどね。フライバックというのは、時計のストップウォッチとかで、計測中にリセットボタンを押すと、数字がゼロに戻るものの、引き続きそのまま計測を続ける機能のことだよ。他の意味もあったはずだけど、ちょっと忘れちゃった。それでね、つまり、この金庫の場合、ナンバーをそろえて金庫を開いても、扉を開けているうちに、ひそかにナンバーがオール・ゼロにリセットされる仕組みなんだと思う。ちょっと試してみるね」
涼君は、いったん金庫の扉を閉じる。
ガチャリという音がして、鍵がかかったのが分かった。
そして涼君は、ナンバーを再度そろえはじめる。
「0038758946」と……。
すると、ガチャリと音がした。
涼君が取っ手を引っ張ると、扉が開いていく。
私たちが、ずっと数字を注視していると………。
何やら「シャン」というような、かすかな音がしたかと思うと……一瞬にして、数字がオール・ゼロに戻ってしまったのだった!
うわ~、何もかも、涼君の言うとおりだ。
なんて頭がいいんだろう。
運動神経もいいのに。
それに比べて、私って…………。
何だか惨めになってくるので、そういうことを考えるのはやめた。
「涼君、色んなことを知ってるね」
「いえいえ、こう見えて推理小説が大好きなんだよ。それはそうと、引き続きアルバムを見ていこうよ」
私たちは再び、金庫の中のアルバムに視線を戻す。
アルバムの後半では、胡桃さんの写真が増えてきた。
きっと、おじいちゃんとも仲がよかったんだろう。
それに本間さんが言ってたように思うけど、胡桃さんは劇団のマドンナ的存在だったらしいし。
特に気になる写真はないままに、しばらくするとアルバムは終わってしまった。
私たちは、そっとアルバムを閉じる。
すると、裏表紙に文字が書いてあることに気づいた。
なぜか、おじいちゃんの筆跡で、私の育ての両親と私の三人の名前が書かれている。
育ての両親とは、私が七歳のときに亡くなった二人のことだ。
その私たち三人の名前の前には、それぞれ別々の日付が記されている。
ただ、私の名前の前にだけは、二つの日付が書いてあった。
片方は私の誕生日だし納得なんだけど、もう片方はそこからちょうど一年ほど後の日付だ。
つまり、私が一歳ぐらいのときの日付……。
また、育ての両親たちの名前の前の日付は、全く意味が分からなかった。
二人の誕生日ってわけでもないし。
涼君も私と一緒に、裏表紙に書かれた日付を真剣な顔で見てくれている。
「これって、さくらちゃんの誕生日かな?」
「うん、片方はね。でも後のほうは知らない。ここには、育ての両親の名前と日付もそれぞれあるけど、どっちも二人の誕生日じゃないよ。何の日付なんだろ……意味が分かんないね」
そして、それらの名前と日付のずっと下、裏表紙の一番下には、「アルバム3へ」と書いてある。
そういえば、育ての両親や私の写っている写真はこのアルバムには一枚もなかったから、その「アルバム3」に収めてあるってことだろうか。
もっとも、私の小さい頃の写真はだいたい、育ての両親が遺してくれたアルバム数枚に入っているので、私も持っているはず。
おじいちゃんしか持ってない、私の写真なんて存在するようには思えないんだけど。
このアルバムでもっと色んなことが分かると思ってたのに、結局あまり進展しなかったなぁ。
「うーん、もっとはっきりした手がかりになるものが入ってると思ったんだけどなぁ。おじいちゃんは絶対、何か隠してるし。そもそも、おじいちゃんが隠してることって、何なのかな」
涼君は、深く深く考え込んだ様子で答えてくれた。
「きっと、ヒサさんは、さくらちゃんの実のご両親が誰かということを知ってるんだろうね」
やっぱり、そういうことになるよね。
私もそうじゃないかと、薄々、感じてはいた。
「でも、どうして隠すんだろ?」
「うん、そこが俺も引っかかってるんだ。もし、さくらちゃんに知られたくないのなら、そもそも最初から『さくらちゃんには実の両親が別にいる』なんてこと、言わなきゃ済む話なんだからね。それに、もしそうして言うのなら、いっそのこと最初から、さくらちゃんの実の両親は誰なのかってことを、洗いざらい話してしまえばいいと思うし、むしろそうするべきだと思うね。自分の知っていることを全部言わずに、こうしてさくらちゃんに苦労させて、何がしたいのか……意図がさっぱり分からないな」
「うん……」
涼君の言うとおりだった。
おじいちゃんの考えてることが、まるで分からない……。
そのとき、玄関から音が聞こえた。
おじいちゃんが帰ってきたんだろう。
私たちは急いで、アルバムやキーホルダーなどを金庫に戻す。
そして金庫を元通りの場所に移動させた。
ふと時計を見ると、いつの間にか、もう六時五分前になっている。
そろそろ、花火大会へ出発する時間だ。
「あ、さくらちゃん、こんなときに申し訳ないんだけど……浴衣は着ないのかな?」
「あああ! そうだった!」
のんびりしてる場合じゃなかった。
色々と考えることが多すぎて、うっかり……。
私は着替えをするため、大慌てで自分の部屋へと向かった。