さくら駆ける夏
真相
「お前の父親は……このわしじゃ」
「へ?」
何のことかさっぱり分からなかった。
何の冗談なんだろ。
「うん、飲み込めないのも分かる。でも本当のことじゃ。胡桃のことはもう散々、色んな人から聞いてるじゃろ? お前は、胡桃とわしの子なんじゃよ」
「ええええ!!!」
思わず大きな声を上げてしまい、周りの人たちが一斉にこっちを見る。
花火はまだ打ちあがって来ず、虫の声だけがやたらとはっきり響いていた。
あまりの驚きに押し黙ってしまう私。
そこで涼君が、あまり驚いた様子もなく言った。
「やっぱり、そうだったんですね……」
「涼君は気づいておったのか?」
「いえ、確信を持っていたわけではありません。ただ、さっきお部屋を調べさせてもらったとき、色々と見つけまして。それをもとに深く考えていたら、そういう可能性もあるかなと思いついたんです。申し訳ないんですが、金庫の中も見させてもらいましたよ。あのアルバムも」
「そうか」
おじいちゃんは、怒る様子も取り乱す様子もない。
涼君も落ち着いていて冷静だった。
私は何だか、くらくらしてくる。
これって、夢じゃないよね……?
涼君が話を続けた。
「あのアルバムの裏表紙に、日付とお名前を書いてましたよね。さくらちゃんと、さくらちゃんの育てのご両親のお名前を日付と共に。あれは、さくらちゃんたちがいた施設から、ヒサさんのもとに引き取られた日付なのではないでしょうか? さくらちゃんと、さくらちゃんの育てのご両親が」
「え? 育ての両親も?」
訳が分からなかった。
だって、亡くなったお父さんはおじいちゃんの息子なんじゃ……ないの?
「よく気づいたな」
おじいちゃんは否定しない。
どういうことなの……。
目の前にあった世界が、ガタガタと崩れ去っていくような、そんな気がした。
涼君は、さらに話を続ける。
「さくらちゃんのお名前の前にだけは、日付が二つ書かれていましたが、これこそ、さくらちゃんがヒサさんの娘ではないかと、俺が疑いを持ったきっかけです。最初の日付は、さくらちゃんの誕生日のようですが、多分このあたりの頃のお写真が、さくらちゃんの持っているミニアルバムに入っているものでしょう。それから、どういう事情かは分かりませんが、ヒサさんと胡桃さんは、さくらちゃんを手放さなければならなくなってしまった。そして約一年後、再びさくらちゃんを引き取ることになった。そういうことなんじゃないでしょうか?」
おじいちゃんの表情は、ほんの少しだけ柔らかくなったように感じた。
「涼君は本当に鋭いな。その通りじゃ。産後の肥立ちが悪く、胡桃が亡くなった後、わしは途方にくれた。悲しみのあまり、酒に走るようになった結果、ある日とんでもないことが起こってしまった。そのときすでに、幸彦と祥子……さくらの育ての両親と言ってた子らじゃが……あの子らもわしのもとにおってな。あの日、幸彦は仕事で留守をしており、祥子がほんの数分、家事のために目を離した隙に、さくらがどこかへ行ってしまったんじゃ。わしは、自分の部屋で酒を飲んでいて、気づかんかった。わしが悪いんじゃ……。どうして、さくらを見ていなかったのか……。悔しくて、悔しくて……わしは自分が許せんよ」
おじいちゃんは、悲しげに上を向く。
そのとき、花火が再開したのか、一つだけパーンと打ち上がった。
「わしらはもちろん、必死で探したんじゃが、さくらは見つからんかった。さくらがおらんようになって一年ほど経った頃じゃろうか、幸彦と祥子が『かつて入っていた施設に、ご挨拶に行きたい』と言い出してな。わしもついていったんじゃが、そこでわしらは驚いたよ。さくらとそっくりな子がいたからじゃ。わしも幸彦も祥子も、その子がさくらじゃと確信していたが、念のために検査をしてみたところ、間違いないということが分かった。どういう経緯で、さくらがそこに入れられたのかは、全く分かっとらん。でも、そうして、さくらはわしらのもとへ再び戻ってきてくれたわけじゃ」
そのとき、花火が二つ連続で上がる。
真実が花火の音と共に、私の身体にぶつかってくるように感じた。
おじいちゃんの目には涙が浮かんでいる。
「しかし、そのときのわしには、再びさくらの親となる資格などないと、はっきり分かっとった。さくらがいなくなってから、わしはさらにますます酒におぼれておってな。わしはわしなりに悩んで、幸彦たちにも相談して、話し合ったよ。そして……話し合いの結果……さくらを、幸彦たちの娘として、育てていくことに、わしらは決めたんじゃった。幸彦と祥子はすでに結婚しておったし、何の問題もなかった。また、そばで、さくらの成長を見届けることができるから、わしも大喜びじゃったからな。それからのわしは、何年もかかったが……どうにか酒を辞めることに成功した。わしは酒を飲むと、かなり荒れていたが、そういうこともなくなった。でも……わしは、いずれ、真実をさくらに話すつもりじゃった。幸彦たちも賛成してくれていたからな。じゃが……そこで、またとんでもないことが起きてしまったんじゃ……」
花火がまた一つ上がる。
涼君が言った。
「幸彦さんたちが、事故で亡くなられたのですね?」
「そのとおりじゃ……」
おじいちゃんは、目をぬぐった。
「わしは、幸彦と祥子をわが子同然に思っておったから、心の打撃がすさまじかった。以前のわしなら、きっとまた酒に走ったじゃろう。じゃが、幸彦も祥子も既にもうおらん上に、わしのもとにはさくらがいた。それに……以前の悔いもあったからな。わしは踏みとどまった。そして、決心したんじゃ。もう、さくらに真実は話さず、幸彦たちの娘として、わしが育てていくとな」
涼君と私は口を挟まずに、話の続きを待つ。
しばらく念入りに涙をぬぐったあと、おじいちゃんが言葉を続けた。
「しかし……本当にそれでいいのかという思いも、心の中にはあった。じゃが、話す勇気が出ないまま、時間だけが過ぎた。……そして、この前……わしの気持ちを大きく動かす出来事が、起きたわけじゃ。わしがいつものように定期健診を受けると、幾つかの数値が正常値の五十倍に達しているという、大きな異常が見つかってな。わしは『もうだめか。恐らく、一時期、あんなに酒におぼれていたからじゃな。わしの命もこれまでか』と思った。それで、死ぬ前に真実を話しておかねばと思ったんじゃが……言う勇気が全く湧いてこなくての。それでも意を決して、本当はあの日、全て話すつもりだったんじゃが、結果的に言えたのは『幸彦たちはお前の生みの両親ではない』ということだけだったんじゃ。それだけしか伝えられんかったが……なんとか、さくらが自分で真実を見つけるのなら、それはそれでいいという気持ちじゃった。さくらが真実までたどり着けん場合でも、わしの死後には分かるようにと、遺言にはしっかり書いておいたからな。『遺言に書いておいたのなら、知らせなくてもいいじゃないか』と思うか? むう、恥ずかしいことに……わしとしても、自ら全部話す勇気はないものの……心のどこかで、『わしが生きている間に、わしのことが父親だと気づいてほしい』という思いがあったんじゃ。身勝手じゃと思うが……抑えきれなくての。ところが……いざ検査入院してみると、そのときの異常な数値は、機械のエラーだったというではないか。いくら調べてみても、もう異常な数値は出てこず、何も問題ないと判明したわけじゃ。人騒がせなことに。じゃが……あのとき話したことを、わしは後悔しておらん。これでよかったと思っている。さくら……真実を隠していて、本当にすまんかった……」
おじいちゃんはそう言うと、また涙を拭き、そして頭を下げた。
おじいちゃん……。
私は、おじいちゃんの語る事実に圧倒されていた状態だったけど、黙っておじいちゃんに近寄っていく。
そして、手を取った。
「おじいちゃん……今までありがとうね。そして、これからもよろしく」
おじいちゃんの目からは、とめどなく涙がこぼれていた。
「えっと……これからは『お父さん』って呼ぶね」
「ま、まぁそれが正しいっちゃ正しいんだが……違和感があるなぁ」
涙を流しながらも、おじいちゃんは少し笑顔を見せてくれる。
晴れやかな笑顔は久々だということもあり、私は心から嬉しくなった。
「実は私も」
私も笑って言った。
「呼び方は今まで通りでもいいぞ。それで呼び慣れているもんな。でも、こうして事実を知っといてもらうことが大事じゃった……。知ってもらえてよかった……今は本当にそう思ってる」
涙が頬に残っていたものの、おじいちゃんのすっきりした笑顔が、たまらなく嬉しい。
その笑顔を、夜空の花火たちが照らしていく。
涼君は優しい笑顔を浮かべながら、黙って見守ってくれていた。
「へ?」
何のことかさっぱり分からなかった。
何の冗談なんだろ。
「うん、飲み込めないのも分かる。でも本当のことじゃ。胡桃のことはもう散々、色んな人から聞いてるじゃろ? お前は、胡桃とわしの子なんじゃよ」
「ええええ!!!」
思わず大きな声を上げてしまい、周りの人たちが一斉にこっちを見る。
花火はまだ打ちあがって来ず、虫の声だけがやたらとはっきり響いていた。
あまりの驚きに押し黙ってしまう私。
そこで涼君が、あまり驚いた様子もなく言った。
「やっぱり、そうだったんですね……」
「涼君は気づいておったのか?」
「いえ、確信を持っていたわけではありません。ただ、さっきお部屋を調べさせてもらったとき、色々と見つけまして。それをもとに深く考えていたら、そういう可能性もあるかなと思いついたんです。申し訳ないんですが、金庫の中も見させてもらいましたよ。あのアルバムも」
「そうか」
おじいちゃんは、怒る様子も取り乱す様子もない。
涼君も落ち着いていて冷静だった。
私は何だか、くらくらしてくる。
これって、夢じゃないよね……?
涼君が話を続けた。
「あのアルバムの裏表紙に、日付とお名前を書いてましたよね。さくらちゃんと、さくらちゃんの育てのご両親のお名前を日付と共に。あれは、さくらちゃんたちがいた施設から、ヒサさんのもとに引き取られた日付なのではないでしょうか? さくらちゃんと、さくらちゃんの育てのご両親が」
「え? 育ての両親も?」
訳が分からなかった。
だって、亡くなったお父さんはおじいちゃんの息子なんじゃ……ないの?
「よく気づいたな」
おじいちゃんは否定しない。
どういうことなの……。
目の前にあった世界が、ガタガタと崩れ去っていくような、そんな気がした。
涼君は、さらに話を続ける。
「さくらちゃんのお名前の前にだけは、日付が二つ書かれていましたが、これこそ、さくらちゃんがヒサさんの娘ではないかと、俺が疑いを持ったきっかけです。最初の日付は、さくらちゃんの誕生日のようですが、多分このあたりの頃のお写真が、さくらちゃんの持っているミニアルバムに入っているものでしょう。それから、どういう事情かは分かりませんが、ヒサさんと胡桃さんは、さくらちゃんを手放さなければならなくなってしまった。そして約一年後、再びさくらちゃんを引き取ることになった。そういうことなんじゃないでしょうか?」
おじいちゃんの表情は、ほんの少しだけ柔らかくなったように感じた。
「涼君は本当に鋭いな。その通りじゃ。産後の肥立ちが悪く、胡桃が亡くなった後、わしは途方にくれた。悲しみのあまり、酒に走るようになった結果、ある日とんでもないことが起こってしまった。そのときすでに、幸彦と祥子……さくらの育ての両親と言ってた子らじゃが……あの子らもわしのもとにおってな。あの日、幸彦は仕事で留守をしており、祥子がほんの数分、家事のために目を離した隙に、さくらがどこかへ行ってしまったんじゃ。わしは、自分の部屋で酒を飲んでいて、気づかんかった。わしが悪いんじゃ……。どうして、さくらを見ていなかったのか……。悔しくて、悔しくて……わしは自分が許せんよ」
おじいちゃんは、悲しげに上を向く。
そのとき、花火が再開したのか、一つだけパーンと打ち上がった。
「わしらはもちろん、必死で探したんじゃが、さくらは見つからんかった。さくらがおらんようになって一年ほど経った頃じゃろうか、幸彦と祥子が『かつて入っていた施設に、ご挨拶に行きたい』と言い出してな。わしもついていったんじゃが、そこでわしらは驚いたよ。さくらとそっくりな子がいたからじゃ。わしも幸彦も祥子も、その子がさくらじゃと確信していたが、念のために検査をしてみたところ、間違いないということが分かった。どういう経緯で、さくらがそこに入れられたのかは、全く分かっとらん。でも、そうして、さくらはわしらのもとへ再び戻ってきてくれたわけじゃ」
そのとき、花火が二つ連続で上がる。
真実が花火の音と共に、私の身体にぶつかってくるように感じた。
おじいちゃんの目には涙が浮かんでいる。
「しかし、そのときのわしには、再びさくらの親となる資格などないと、はっきり分かっとった。さくらがいなくなってから、わしはさらにますます酒におぼれておってな。わしはわしなりに悩んで、幸彦たちにも相談して、話し合ったよ。そして……話し合いの結果……さくらを、幸彦たちの娘として、育てていくことに、わしらは決めたんじゃった。幸彦と祥子はすでに結婚しておったし、何の問題もなかった。また、そばで、さくらの成長を見届けることができるから、わしも大喜びじゃったからな。それからのわしは、何年もかかったが……どうにか酒を辞めることに成功した。わしは酒を飲むと、かなり荒れていたが、そういうこともなくなった。でも……わしは、いずれ、真実をさくらに話すつもりじゃった。幸彦たちも賛成してくれていたからな。じゃが……そこで、またとんでもないことが起きてしまったんじゃ……」
花火がまた一つ上がる。
涼君が言った。
「幸彦さんたちが、事故で亡くなられたのですね?」
「そのとおりじゃ……」
おじいちゃんは、目をぬぐった。
「わしは、幸彦と祥子をわが子同然に思っておったから、心の打撃がすさまじかった。以前のわしなら、きっとまた酒に走ったじゃろう。じゃが、幸彦も祥子も既にもうおらん上に、わしのもとにはさくらがいた。それに……以前の悔いもあったからな。わしは踏みとどまった。そして、決心したんじゃ。もう、さくらに真実は話さず、幸彦たちの娘として、わしが育てていくとな」
涼君と私は口を挟まずに、話の続きを待つ。
しばらく念入りに涙をぬぐったあと、おじいちゃんが言葉を続けた。
「しかし……本当にそれでいいのかという思いも、心の中にはあった。じゃが、話す勇気が出ないまま、時間だけが過ぎた。……そして、この前……わしの気持ちを大きく動かす出来事が、起きたわけじゃ。わしがいつものように定期健診を受けると、幾つかの数値が正常値の五十倍に達しているという、大きな異常が見つかってな。わしは『もうだめか。恐らく、一時期、あんなに酒におぼれていたからじゃな。わしの命もこれまでか』と思った。それで、死ぬ前に真実を話しておかねばと思ったんじゃが……言う勇気が全く湧いてこなくての。それでも意を決して、本当はあの日、全て話すつもりだったんじゃが、結果的に言えたのは『幸彦たちはお前の生みの両親ではない』ということだけだったんじゃ。それだけしか伝えられんかったが……なんとか、さくらが自分で真実を見つけるのなら、それはそれでいいという気持ちじゃった。さくらが真実までたどり着けん場合でも、わしの死後には分かるようにと、遺言にはしっかり書いておいたからな。『遺言に書いておいたのなら、知らせなくてもいいじゃないか』と思うか? むう、恥ずかしいことに……わしとしても、自ら全部話す勇気はないものの……心のどこかで、『わしが生きている間に、わしのことが父親だと気づいてほしい』という思いがあったんじゃ。身勝手じゃと思うが……抑えきれなくての。ところが……いざ検査入院してみると、そのときの異常な数値は、機械のエラーだったというではないか。いくら調べてみても、もう異常な数値は出てこず、何も問題ないと判明したわけじゃ。人騒がせなことに。じゃが……あのとき話したことを、わしは後悔しておらん。これでよかったと思っている。さくら……真実を隠していて、本当にすまんかった……」
おじいちゃんはそう言うと、また涙を拭き、そして頭を下げた。
おじいちゃん……。
私は、おじいちゃんの語る事実に圧倒されていた状態だったけど、黙っておじいちゃんに近寄っていく。
そして、手を取った。
「おじいちゃん……今までありがとうね。そして、これからもよろしく」
おじいちゃんの目からは、とめどなく涙がこぼれていた。
「えっと……これからは『お父さん』って呼ぶね」
「ま、まぁそれが正しいっちゃ正しいんだが……違和感があるなぁ」
涙を流しながらも、おじいちゃんは少し笑顔を見せてくれる。
晴れやかな笑顔は久々だということもあり、私は心から嬉しくなった。
「実は私も」
私も笑って言った。
「呼び方は今まで通りでもいいぞ。それで呼び慣れているもんな。でも、こうして事実を知っといてもらうことが大事じゃった……。知ってもらえてよかった……今は本当にそう思ってる」
涙が頬に残っていたものの、おじいちゃんのすっきりした笑顔が、たまらなく嬉しい。
その笑顔を、夜空の花火たちが照らしていく。
涼君は優しい笑顔を浮かべながら、黙って見守ってくれていた。