さくら駆ける夏
 そちらを見ると―――。
 転んでいたのは、おじいちゃんだった!
 おじいちゃんがいるところのすぐそばには、背の高い草が群生しているようだ。
「あれ?! もうお手洗い行ってきたの? 戻るの早すぎ!」
「いや、さくら。さすがにこんな短時間で、あのお手洗いまでの往復は無理だよ。きっと、俺たちを二人っきりにしてくれたんだと思う。ちょうど、そこに、隠れるのに適した、長い草がいっぱい生えてるからね」
 おじいちゃんは「やっちまったなぁ」って顔をしつつ、立ち上がろうとしていたんだけど、涼君の言葉を聞くなり、堂々とした表情と態度で言った。
「そうそう、わしは気が利くじゃろ?」
「でも……なんで、そこにしゃがんでたの? 隠れて覗いてたんでしょ」
 私が言うと、傍目(はため)にも分かるくらい、おじいちゃんの身体がビクンと震えた。
 図星じゃん、これ……。
「いやいや、人聞きの悪い言い方や誤解されそうな言い方はやめてくれ。覗きみたいじゃないか! わしは見守ってただけじゃ。しかし、くっそ~、もうちょっと長く見ていたかったなぁ。甘~いラブラブシーンを、もうちょっと長く……」
「やっぱり覗いてたんじゃん!」
「どひゃあ」
 いまどき、「どひゃあ」とかいう人っているのかな…………あ、目の前にいたよ。
「ははは、でもまぁ、ヒサさんの計らいのおかげで、こうしてさくらに気持ちを伝えられたんだし。俺は、それでいいかなって思う」
「涼君が、そう言うなら……」
「そうそう! 涼君の言う通りじゃな。二人とも、おめでとう!」
 おじいちゃんが、私たちに向けて何かを撒きながら言う。
 紙ふぶき…………じゃなく、葉っぱじゃん……。

「これで涼君は、いずれわしの義理の息子じゃな」
「ちょ、ちょっと! またいきなり何を言ってんの!」
 暗くてバレてないと思うけど、顔が熱くなった。
 それにしても、ついこの前、病室では「義理の孫になるかもしれない」とか言っていたのに、「義理の息子」かぁ……。
「まだ違和感あるなぁ……私の中ではもうおじいちゃんってことで、イメージも固まってるし」
「まぁしょうがない。時間をかけて、慣れていってもらえばいい。時間はたっぷりある」
 うん、うん。
 そうだよね。

「ヒサさんには感謝してもしきれませんよ。ヒサさんのお陰で、こうしてさくらとお付き合いすることができたんですし」
「え? そうなの?」
 おじいちゃん、何かしたっけ?
「ヒサさんは、うちの家への居候をさくらに勧めてくれたんでしょ。きっと、知ってたんですよね? 俺がさくらのことが好きだって」
「ええええ?! でも、涼君と私が初めて会ったのは、居候初日のはずだよ?」
 それ以前に、涼君に会ったことは、恐らくないはず。
「さすが涼君、全てお見通しじゃったか。いやいや、さくら。お前の写真を涼君たちに見せたことがあってな。涼君が熱心に写真をガン見して、『何枚か欲しい』って真顔で言うもんじゃから、調子に乗って五枚はプレゼントしたかなぁ。圭ちゃんと美優ちゃんの息子さんってことで、信頼できるからな。ぜひ、さくらには、こういうまともな男子と付き合ってほしいと思った、いわゆる親心じゃよ」
「ちょっと~、あまりバラさないでくださいよ! たしかに、さくらのお写真はいただきましたけど」
 涼君は、また慌ててる。
 今日の涼君、かわいいかも。
「そうだったんだぁ……。あ、ちなみに私も、初めて会ったときから好きだったから。おあいこだね。引き分け!」
「何の勝負か分からないけど、それでいいよ」
 花火が連続で夜空を照らす中、涼君が鷹揚に言ってくれた。

 あ、でも、そういえば……。
 この際だし、私は気になってたことを全てぶつけてみることにした。
「ねぇ、それじゃ、こないだボウリング場で一緒にいた女の子二人は?」
「あれ?! なんで知ってるの?」
「だって、あそこにいたし。一人寂しく」
 うう……思い出すだけで惨め。
「あの二人は、前にも話した運動部の友達が連れてきたんだ。事前に、何の断りもなく。あの二人の女子のうち一人は、そいつの彼女でね。もう一人がその彼女の友達の子で、ダブルデートのようなものを企画したらしい。しつこいようだけど、前もって俺に一言も言わずにね。集合場所でいきなり知らされたんだけど、そこで『そんなの聞いてないし、帰る』とか言うのって、冷たすぎるし、角が立つでしょ。だから、あの一日だけは付き合ってあげただけだよ。俺が好きなのは、さくらだけだし。さくら以外の子と、こういう事情があってのダブルデートとはいえ、デートだなんて……かなり後ろめたかったし、気分もよくなかったよ」
「じゃあ、じゃあ、部活のマネージャーさんとは?」
 疑い深い人だと思われるかもしれない恐れはあったけど、気になることや心配ごとは、早めに取り除いておきたいので、思い切って聞く。
「普通に、マネージャーと主将という関係だよ。心配しないでね」
 涼君は特に不愉快に感じているような様子もなく、穏やかに答えてくれた。
 なんか、疑うような質問ばっかりして、私は自分が恥ずかしい……。
「ごめんね、色々しつこく聞いて」
「いえいえ、いいんだよ。これからも何か気になったら、どんどん聞いてね。俺は初めてさくらの写真を見て以来、他の子に心が揺れたことは一度もないし。こんなことを本人に対して、面と向かって言うなんて、何だか照れるけど」
 私も照れまくりだった。

 ふと視線を感じて、おじいちゃんのほうを見ると、にやにやした顔でこっちを見ている。
「ちょっと~! 何ニヤニヤこっち見てんの」
「おお、邪魔者は消えろってことか、すまんすまん」
「そんなこと言ってないよ~」
 逃げ出そうとするおじいちゃんを引き止めた。
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