さくら駆ける夏
清涼院家
「ここが清涼院さんのおうちかな」
聞いていた通り、大きな家だった。
とりあえず、インターホンを押して、声をかけてみる。
「初めまして。祖父からお聞き及びのことと思いますが、今日からしばらくお世話になる花ヶ池さくらです」
「少々お待ちください」
女の人の声で、返事が返ってきた。
しばらくすると、声の主らしき五十歳から六十歳くらいに見える女の人がドアから出てくると、私を招き入れてくれた。
「ようこそ! 私は清涼院美也子(せいりょういん みやこ)と申します。こんなところで立ち話も何ですし、まずはどうぞ中へ」
「すみません、お邪魔します」
私はお言葉に甘えて、すぐにおうちの中に入れてもらうことに。
すると、家の奥から男の人が出てきてくれた。
私はさっきと同じように、軽く自己紹介をする。
その男の人も、恭(うやうや)しい態度で言ってくれた。
「初めまして。これはこれは、ご丁寧にどうも。清涼院光定(せいりょういん みつさだ)と申します。これからよろしく」
「よろしくお願いします」
光定さんは見た目、五十歳代ぐらい。
温和な表情をした、優しそうなおじさんだった。
光定さんと同い年ぐらいにみえる美也子さんも、同じく優しそうな人で、少し安心する私。
「ささ、どうぞお上がりくださいな」
美也子さんはそう言うと、私を奥に案内してくれた。
「初めまして。今日から来るさくらちゃんだっけ? ヒサさんの面影があるね、さすがお孫さん」
リビングと紹介された部屋から出てきたのは、三十代ぐらいにみえる女性だった。
「私は美優(みゆ)。よろしくね」
「花ヶ池さくらと申します。よろしくお願いします」
美優さんは清涼院家のメンバーについて、親切にも私に説明してくれた。
その話によると、美優さんは光定さんと美也子さんの娘さんだそうだ。
美優さんの旦那さん、圭輔(けいすけ)さんは、今は仕事でいないそうだった。
美優さんと圭輔さんの間には、涼(りょう)君という、高二の男の子がいるらしい。
その涼君が、おじいちゃんが言ってた「同年代の男の子」みたい。
「今一緒に暮らしてるメンバーは、これだけかな」
そう言って、美優さんは説明を終えた。
「ご説明、ありがとうございます」
そっか、清涼院家では去年までホームステイの留学生さんを受け入れてたんだけど、今はいないんだっけ。
おじいちゃんがそんなことを言ってたはず。
それで、こんなに突然私が来たのに、あまり驚いてる人もおらず慣れている感じなのかも。
おじいちゃんと、それだけ仲が良いってことの表れかもしれないけど。
それにしても、圭輔さんと涼君は、どんな人なんだろう。
ここにいる、光定さんや八重子さん、美優さんはみんなすごくいい人そうなので、二人もいい人だといいな。
「それじゃ、早速さくらちゃんのお部屋に案内するね」
美優さんはそう言ってリビングを出たので、私もついていった。
「ここだよ」
二階の一室の前で美優さんが立ち止まった。
周りを見回してみると、二階にも結構多くの部屋がある。
ペンションだと言われても、違和感がないくらいに。
右隣の部屋を、何気なく見ると、ドアに「翠」というプレートがかかっていた。
ミドリちゃん、かな。
この名前の子の話は出てこなかったけど、どうしたんだろう。
この子が去年までいた留学生で、またここに帰ってくるかもしれないからネームプレートをそのままにしているのかな。
だとすると、中国か台湾か香港からの留学生さんなのかな?
それじゃ、「ミドリ」ではないはずだし、何て読むんだろ。
気にはなったけど、詮索好きだと思われても嫌だし、尋ねるのもためらわれた。
「どうしたの?」
きょろきょろしてたことで不審がられたのだろうか、美優さんが聞いてきた。
「いえいえ、何でもないです。すみません」
「ううん、気にしないでね。初めて来る場所だし、落ち着かないよね。気が利かなくてごめん。それじゃ、とりあえず、入ろう。ここが今日からしばらく、さくらちゃんの部屋だからね」
そう言って、美優さんは部屋に入ったので、私も後に続いた。
中に入ってすぐ思ったけど、すごく居心地の良さそうな部屋だ。
ベージュを基調とした色合いのカーテンやカーペットなどが、やわらかい印象を与える。
「こんないい部屋を使わせていただけるんですね。ありがとうございます」
「ちっちっ」
美優さんが人差し指を立てて、左右に振った。
あれ?
この部屋を使わせてもらえるんじゃないのかな?
「うちの旦那も私も、さくらちゃんのおじいさんのヒサさんと仲がいいんだけど、ヒサさんに敬語なんか使ったことないよ。だから、さくらちゃんも私たちに対して敬語はなし。分かった?」
美優さんは軽く笑いながら言った。
「うん、分かった」
「そうそう、これからはそれでね」
満足そうにうなずく美優さん。
ほんといい人そうだ。
「それじゃ、ゆっくりしたいと思うから、私はこれで。何かあったら、いつでも私か、お父さんお母さんを呼んでね」
「うん、ありがとう」
そして美優さんは、部屋を出ていった。
部屋に落ち着いた私は、これからのことに頭をめぐらし始めた。
唯一の手がかりと思われた、マツダイラ・カメラ店。
まさか、もうお店がなくなっていたなんて……。
これから、ほんと、どうしよう。
ここに来たばかりなのに、早くも五里霧中の状態に陥ってしまったように感じた。
とりあえず、この街の人に少しずつ聞き込みをしていくしかないかな……。
両親の名前や特徴を何も知らない私にとっては、ビラ配りなどはできそうになかったし、やりたくもなかった。
地道に少しずつ、聞き込みを続けていくしかないのかも。
まず手始めに、光定さんたちに話を聞こう。
というわけで、私は三人と話をするために、部屋を出て、階段を降りていった。
「あの……。ちょっと聞きたいことが」
「あら、何かしら」
美也子さんが顔をこっちに向けてくれた。
ちょうど都合がいいことに、光定さんと美優さんの姿もある。
みんなでテレビを見ているようだった。
「お邪魔してすみません」
「こら、敬語を使わない」
すぐ、美優さんに注意される。
「あ、ごめん」
「別に私たちには敬語でもいいわよ」
美也子さんが優しく言ってくれた。
「どっちでも言いやすいほうでね」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「それで、聞きたいことって何だい?」
光定さんが聞いてきた。
私はここまでの経緯を説明し、実の両親のことに心当たりがないかを聞いてみた。
「うーん……。名前も分かってないんじゃ、ちょっとどうしようもないかな……。ごめんね」
美優さんが言った。
やっぱり、そりゃ、そうよね。
光定さんと美也子さんは、私に同情してくれているのか、ちょっと沈んだような面持ちだ。
こんな話をして、空気を重くしちゃったかな。
申し訳ないなぁ。
「力になれなくてごめんなさいね。何か私たちにできることがあれば、言ってみてね」
慰めるように言ってくれる美也子さん。
それからしばらく三人と雑談してから、私は部屋に戻ったのだった。
それから私は、街での聞き込みの手始めとして、警官さんに聞いたパン屋さんとお花屋さんに行って聞いてみたのだが、何も分からなかった。
私自身、両親の顔も名前も分かってない状態で聞いているんだし、仕方ないことかもしれない。
同情してくれたパン屋さんが、アップルパイをくださったけど、それがすごく美味しかった。
ついでに、あの警官さんイチオシのカレーパンも買ってみたところ、こっちも美味しい。
パン屋のおばさんは、カレーパンまでタダでくれようとしたけど、さすがに断って買った。
いくらなんでも申し訳ないし。
ただ、パン屋さんもお花屋さんも、すごくいい人だということが分かった。
収穫といえばないに等しかったので、がっかりした気持ちもなくはないけど、元々それほど期待していたわけじゃないし……仕方ない……よね。
それから、特にあてもなく、この街を歩いてみたけど、何も収穫はなかった。
こんな調子で続けていっても、何も進展しない気がする……。
いつの間にか、すっかり夕方になってしまっていた。
カラスの声が響いている。
私は仕方なく、重い足取りで、清涼院家へ帰ることにした。
聞いていた通り、大きな家だった。
とりあえず、インターホンを押して、声をかけてみる。
「初めまして。祖父からお聞き及びのことと思いますが、今日からしばらくお世話になる花ヶ池さくらです」
「少々お待ちください」
女の人の声で、返事が返ってきた。
しばらくすると、声の主らしき五十歳から六十歳くらいに見える女の人がドアから出てくると、私を招き入れてくれた。
「ようこそ! 私は清涼院美也子(せいりょういん みやこ)と申します。こんなところで立ち話も何ですし、まずはどうぞ中へ」
「すみません、お邪魔します」
私はお言葉に甘えて、すぐにおうちの中に入れてもらうことに。
すると、家の奥から男の人が出てきてくれた。
私はさっきと同じように、軽く自己紹介をする。
その男の人も、恭(うやうや)しい態度で言ってくれた。
「初めまして。これはこれは、ご丁寧にどうも。清涼院光定(せいりょういん みつさだ)と申します。これからよろしく」
「よろしくお願いします」
光定さんは見た目、五十歳代ぐらい。
温和な表情をした、優しそうなおじさんだった。
光定さんと同い年ぐらいにみえる美也子さんも、同じく優しそうな人で、少し安心する私。
「ささ、どうぞお上がりくださいな」
美也子さんはそう言うと、私を奥に案内してくれた。
「初めまして。今日から来るさくらちゃんだっけ? ヒサさんの面影があるね、さすがお孫さん」
リビングと紹介された部屋から出てきたのは、三十代ぐらいにみえる女性だった。
「私は美優(みゆ)。よろしくね」
「花ヶ池さくらと申します。よろしくお願いします」
美優さんは清涼院家のメンバーについて、親切にも私に説明してくれた。
その話によると、美優さんは光定さんと美也子さんの娘さんだそうだ。
美優さんの旦那さん、圭輔(けいすけ)さんは、今は仕事でいないそうだった。
美優さんと圭輔さんの間には、涼(りょう)君という、高二の男の子がいるらしい。
その涼君が、おじいちゃんが言ってた「同年代の男の子」みたい。
「今一緒に暮らしてるメンバーは、これだけかな」
そう言って、美優さんは説明を終えた。
「ご説明、ありがとうございます」
そっか、清涼院家では去年までホームステイの留学生さんを受け入れてたんだけど、今はいないんだっけ。
おじいちゃんがそんなことを言ってたはず。
それで、こんなに突然私が来たのに、あまり驚いてる人もおらず慣れている感じなのかも。
おじいちゃんと、それだけ仲が良いってことの表れかもしれないけど。
それにしても、圭輔さんと涼君は、どんな人なんだろう。
ここにいる、光定さんや八重子さん、美優さんはみんなすごくいい人そうなので、二人もいい人だといいな。
「それじゃ、早速さくらちゃんのお部屋に案内するね」
美優さんはそう言ってリビングを出たので、私もついていった。
「ここだよ」
二階の一室の前で美優さんが立ち止まった。
周りを見回してみると、二階にも結構多くの部屋がある。
ペンションだと言われても、違和感がないくらいに。
右隣の部屋を、何気なく見ると、ドアに「翠」というプレートがかかっていた。
ミドリちゃん、かな。
この名前の子の話は出てこなかったけど、どうしたんだろう。
この子が去年までいた留学生で、またここに帰ってくるかもしれないからネームプレートをそのままにしているのかな。
だとすると、中国か台湾か香港からの留学生さんなのかな?
それじゃ、「ミドリ」ではないはずだし、何て読むんだろ。
気にはなったけど、詮索好きだと思われても嫌だし、尋ねるのもためらわれた。
「どうしたの?」
きょろきょろしてたことで不審がられたのだろうか、美優さんが聞いてきた。
「いえいえ、何でもないです。すみません」
「ううん、気にしないでね。初めて来る場所だし、落ち着かないよね。気が利かなくてごめん。それじゃ、とりあえず、入ろう。ここが今日からしばらく、さくらちゃんの部屋だからね」
そう言って、美優さんは部屋に入ったので、私も後に続いた。
中に入ってすぐ思ったけど、すごく居心地の良さそうな部屋だ。
ベージュを基調とした色合いのカーテンやカーペットなどが、やわらかい印象を与える。
「こんないい部屋を使わせていただけるんですね。ありがとうございます」
「ちっちっ」
美優さんが人差し指を立てて、左右に振った。
あれ?
この部屋を使わせてもらえるんじゃないのかな?
「うちの旦那も私も、さくらちゃんのおじいさんのヒサさんと仲がいいんだけど、ヒサさんに敬語なんか使ったことないよ。だから、さくらちゃんも私たちに対して敬語はなし。分かった?」
美優さんは軽く笑いながら言った。
「うん、分かった」
「そうそう、これからはそれでね」
満足そうにうなずく美優さん。
ほんといい人そうだ。
「それじゃ、ゆっくりしたいと思うから、私はこれで。何かあったら、いつでも私か、お父さんお母さんを呼んでね」
「うん、ありがとう」
そして美優さんは、部屋を出ていった。
部屋に落ち着いた私は、これからのことに頭をめぐらし始めた。
唯一の手がかりと思われた、マツダイラ・カメラ店。
まさか、もうお店がなくなっていたなんて……。
これから、ほんと、どうしよう。
ここに来たばかりなのに、早くも五里霧中の状態に陥ってしまったように感じた。
とりあえず、この街の人に少しずつ聞き込みをしていくしかないかな……。
両親の名前や特徴を何も知らない私にとっては、ビラ配りなどはできそうになかったし、やりたくもなかった。
地道に少しずつ、聞き込みを続けていくしかないのかも。
まず手始めに、光定さんたちに話を聞こう。
というわけで、私は三人と話をするために、部屋を出て、階段を降りていった。
「あの……。ちょっと聞きたいことが」
「あら、何かしら」
美也子さんが顔をこっちに向けてくれた。
ちょうど都合がいいことに、光定さんと美優さんの姿もある。
みんなでテレビを見ているようだった。
「お邪魔してすみません」
「こら、敬語を使わない」
すぐ、美優さんに注意される。
「あ、ごめん」
「別に私たちには敬語でもいいわよ」
美也子さんが優しく言ってくれた。
「どっちでも言いやすいほうでね」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「それで、聞きたいことって何だい?」
光定さんが聞いてきた。
私はここまでの経緯を説明し、実の両親のことに心当たりがないかを聞いてみた。
「うーん……。名前も分かってないんじゃ、ちょっとどうしようもないかな……。ごめんね」
美優さんが言った。
やっぱり、そりゃ、そうよね。
光定さんと美也子さんは、私に同情してくれているのか、ちょっと沈んだような面持ちだ。
こんな話をして、空気を重くしちゃったかな。
申し訳ないなぁ。
「力になれなくてごめんなさいね。何か私たちにできることがあれば、言ってみてね」
慰めるように言ってくれる美也子さん。
それからしばらく三人と雑談してから、私は部屋に戻ったのだった。
それから私は、街での聞き込みの手始めとして、警官さんに聞いたパン屋さんとお花屋さんに行って聞いてみたのだが、何も分からなかった。
私自身、両親の顔も名前も分かってない状態で聞いているんだし、仕方ないことかもしれない。
同情してくれたパン屋さんが、アップルパイをくださったけど、それがすごく美味しかった。
ついでに、あの警官さんイチオシのカレーパンも買ってみたところ、こっちも美味しい。
パン屋のおばさんは、カレーパンまでタダでくれようとしたけど、さすがに断って買った。
いくらなんでも申し訳ないし。
ただ、パン屋さんもお花屋さんも、すごくいい人だということが分かった。
収穫といえばないに等しかったので、がっかりした気持ちもなくはないけど、元々それほど期待していたわけじゃないし……仕方ない……よね。
それから、特にあてもなく、この街を歩いてみたけど、何も収穫はなかった。
こんな調子で続けていっても、何も進展しない気がする……。
いつの間にか、すっかり夕方になってしまっていた。
カラスの声が響いている。
私は仕方なく、重い足取りで、清涼院家へ帰ることにした。