だから抱きしめた
だから抱きしめた
「えぇー！楽しみにしてたのに！」
「…ごめんって言うしか…ないかな。」
「なんでこんな急に！」
「えっと、…新人の子がミスしちゃって…。」
「それって透哉(ﾄｳﾔ)さんがいかなきゃだめなの？」

　気がついたら、彩里(ｱﾔﾘ)は壁まで透哉を追いつめていた。透哉との身長差は15センチほどある。透哉にとっては逃げられないはずもない状況だ。それなのに、透哉の腰の横に手をついている彩里を透哉はただ見つめていた。その顔が優しすぎて、段々自分の方が悪いことをしている気分になってくる。

「…彩里…さん？」
「…ワガママ…言ってごめんなさい。私今、透哉さんを…困らせてる？」
「まさか彩里さんに壁ドンされるとは思ってなかったけど。」
「っ…それはっ…気がついたらこうなってて…。」
「うん。そのくらい楽しみにしててくれたんだよね？だから僕の方こそごめん。」
「う～！透哉さんはずるい！ずるいよ！」
「え？」

　怒っていたはずだった。自分よりも後輩を優先するなんて。それなのに、やっぱり本気で怒れない。こんな風に優しい顔をして甘やかしてくれる大切な人だから。
　彩里は壁についていた手をゆっくりと離した。そしてそのまま、顔を押しつけるように抱きしめた。
< 1 / 5 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop