焼けぼっくいに火をつけて
♯1
「はぁ、はぁ、はぁ」

誰もいない校舎を、わたしは必死になって走っていた。廊下を走っちゃいけないけど、今はそんなことどうだっていい。

(早く、早くあの人のところへ行かなきゃ)

いつもはつけていない、赤いリボンで出来た花が、制服の胸ではためく。

今日は卒業式。3年間過ごした学校に来るのも、今日で最後。

『式が終わったら話がある・・・』

朝、教室に入る前に耳元で囁かれてたけど、クラスメイトや部活の後輩たちと別れを惜しんでいたら、すっかり遅くなってしまった。

(まだ待ってくれてるだろうか)

誰もいない廊下を、ただひたすらに走る。

卒業式が終わったとはいえ、校舎内には他の生徒や、先生の姿は全くない。

あぁ、これは夢だ。

卒業してから10年。今日まで、何回も見てる夢。

分かっているのに、夢の中のわたしは、決して足を止めようとしない。

たどり着いた職員室にも、誰もいなかった。

しばらく息を整えて、次は1つ上の階の、数学準備室を目指して走り出した。

「先生!」

勢いよく扉を開けて数学準備室に入ったけど、やはり誰もいない。

「帰っちゃったのかな」

肩を落としながら、南に面した窓から下を見ると。

「いた!」

校庭を歩く、あの人を見つけた。教職員用の駐車スペースに向かっているようだ。

「奥村先生っ!」

大声で呼んでも、3階のここからは聞こえなかったみたい。

「合唱部をなめんなよ!」

合唱部は肺活量を鍛えるため、運動部に混じって毎日グランドをランニングしている。3年で肺活量だけでなく、脚も鍛えられたんだ。

校庭に向かって、わたしは再び走り出した。

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