焼けぼっくいに火をつけて
そういえば先生と生徒だった頃、こうやって何度も軽口を叩き合ったな。

それと・・・

数学準備室で、人目を憚って抱き合った、今みたいに。

あの時と同じように先生の手は温かい。思考がストップして、身体が溶けそうになる。
もっと先生に近づきたくて、先生の胸に顔を押し付けた。鼓膜を通してトクトクと響く一定のリズムが心地良い。

「愛理・・・」

わたしの動きに気づいた先生が、腕に力を加えた。

先生、あの頃のわたしは、本気であなたのことが好きでした。わたし以外にも、先生に恋してる子は何人もいた。あからさまに好意をぶつける子たちもいたけど、わたしは意識すればするほど、ふざけた態度をとることしかできなかった。

そんなわたしを、たくさんの中から選んでくれたのは何故ですか?隠れて抱き合った放課後。他の子にもしての?

誰かを狂おしいほど想うのが恋なら、間違いなく、わたしの初恋は先生だ。幼いながらも、本気で先生を想っていた。

けど、先生の方はどうだったんだろう。
28歳と36歳の今は、恋愛関係になってもおかしくない。じゃあ、17歳の高校生と25歳の教師では?
教師による不祥事の報道が絶えないということは、性的な対象にはなる訳だ。恋愛の対象にはなれるんだろうか。

「考え事?」

今さらなことを考えていると、先生の声が頭に響いた。

「えっ、と。昔もこうやって抱き合ったことがあったなって、思い出してました」
「そうか。奇遇だな、俺も同じことを考えてた」

力を緩めた先生の顔が、わたしの前に来た。
悩ましげな表情。熱っぽく潤みを帯びた目。わたしの呼吸は、自然と速まった。

「愛理・・・」

熱い息とともに先生の唇が、わたしの唇を覆った。
何度も何度も、啄むようなキスを繰り返す。もどかしいような、しびれるようなキスに、わたしも懸命に応える。

「愛理」

名前を呼ばれて視線を上げて、先生と目を合わせる。

「行こう」

手を引かれて向かったのは、あの閉じられたドア。先生に連れられて、わたしはドアをくぐった。
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