焼けぼっくいに火をつけて
情事の後。
わたしは1人、ベッドの角に座っていた。

先にシャワーを、と促されて浴びたものの、着る物がない。脱衣場に顔を出すと、きれいに洗われたバスタオルと、畳まれたシャツが置いてあった。

(これを着ろってことだよね)

準備されたシャツに手を通してバスルームを出る。リビングへ行くと、わたしの姿を認めた先生はニヤニヤと笑った。

「じゃシャワー浴びて来るから、適当に寛いでろ」

言い残した先生は、さっさとバスルームに入って行った。

寛いでろと言われても・・・。
この格好でリビングのソファーに座る気にはなれなくて、元いた寝室に戻った。

愛し合ったベッドからはシーツが剥がされ、先生の手によって2人の下着と共に洗濯機に放り込まれていた。

「はぁ・・・」

ため息をひとつついて、ベッドの角に座り、そして今に至る。

わたしと先生の身長差は20cmくらいあるとはいえ、シャツの裾は、太ももの真ん中にもならない。少しでも動いたら、下着を着けていない中が丸見えになる。

絶対にワザとよね、こんな男の願望丸出しの格好。シャワーから出て来たら、文句言ってやる。

どれくらいだっただろう。バスルームと脱衣場の間の扉が動く音がした。あまり意味はないだろうけど、わたしはギュッと力を入れて、内腿を締めた。

先生が近づいて来る気配がする。速まる心拍を落ち着けようと、何回も深呼吸をしていると、

「わっ!」

突然寝室の中に響いた、着信音とバイブの振動に、思わず声を上げた。
着信音は聞き慣れた自分の物で、音の出どころを探す。ドアの横に、わたしのバッグがあった。急いで駆け寄りスマホを取り出すと、相手を確認しないで電話に出た。

「随分と待たせるんだな」
「北見くん・・・」

電話の主は、北見くんだった。

「どうしたの、こんな時間に」
「いつもこれくらいに電話してただろ」

北見くんの言葉にナイトテーブルの上に置かれた時計を見ると、23時前だった。

「何回もかけたのに出ないなんて、いいご身分だな。何してたんだ」
「ごめんなさい。女の先生と、後輩の女の子と食事してて・・・」
「そんなこと、どうでもいいけど」

どうでもいいなら聞かないでよ。

「明日、都合が悪くなったからキャンセルな」
「えっ?ちょっと待ってよ。急に言われても!うちの両親だって、予定空けてるのよ!!」
「仕方ないだろ、補習が入ったんだから。お前の親は、お前が説明しろよ」
「お前の親って・・・。わたしが説明するけど・・・、でもそんな言い方って」

「俊夫、電話してるの?」

わたしが言い終わらないうちに、電話の向こうから女の人の声がかぶさる。これが知らない人なら、わたしも北見くんの非を責めることもできるだろうけど。聞こえたのは、彼のお母さんの声。実家に帰るのは、本当だったんだな。

「・・・もう遅いから切るぞ」

(自分からかけて来たんじゃない)

わたしの返事を待たずに、電話は切れた。
北見くんからの電話で、先生に抱かれた幸福感は霧散してしまった。
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