焼けぼっくいに火をつけて
「北見か?」
戻って来た先生が、わたしに寄り添うように腰をおろした。
「うまくいってないんだろ?」
先生の言葉に顔を上げた。さっきの電話を聞いて察したのかと思ったけど、どうも以前から知っていたような口ぶり。
「遠藤先生情報ですか?」
「遠藤?」
遠藤先生は母校の数学科の先生で、奥村先生の高校教師時代の同僚。同じ数学担当で、歳も近いから仲が良かった。今は母校に勤務する北見くんの先輩だ。
ほんの少し片眉を上げたところを見ると、遠藤先生からではなさそう。
「あーっと。田岡さんから」
「田岡先生!?」
「あぁ。お前の荷物を取りに行った時に、聞きもしないのに話してたな。高校の時から付き合ってる彼氏と破局寸前だって」
そういえばあの時、田岡先生がついて来てたな。やっぱり仲良くしてるからって、自分のこと喋りすぎたわ。
「慰めてやってくれとも言われたな」
「は、はぁ」
「それと・・・」
言葉を区切った先生に抱き寄せられ、わたしはコテンと、先生の胸に頭を付けた。
「それと、何ですか?」
「さっきの電話の内容を考えたら、な。揉めてるのかと思った」
「・・・」
唇を噛んで、先生の顔を仰ぎ見た。先生は目を細めて、わたしを見ている。
「先生」
「ん?」
「先生は北見くんのこと、聞いているんですよね?」
頭を撫でていた先生の手に、一瞬力が加わる。それで確信した。
先生は北見くんに起きていること、いや、起こしたことを知っている。
「明日、わたしの両親と北見くんのご両親と、話し合う予定だったんですけど。北見くん、いつも直前になって逃げるんです」
先生は何も言わない。わたしの髪を撫でていた手も、止まったままだけど、話を聞こうとしてくれているのは伝わってきた。
「北見くんのことは好きです。好きじゃなかったら、10年以上も付き合ってない。気が合うし、安心できるし、このままずっと一緒にいるんだろうなって思ってた。けど北見くんは・・・って、い、痛いです!」
喋ってる途中で先生に頭を掴まれて、ぐしゃぐしゃとかき回された。
「明日の予定がキャンセルになったんなら、ゆっくりできるよな?」
「え、あ、はい・・・?」
「今日はもう遅いから、泊まっていけ」
「泊まるって・・・。タクシーででも帰ります」
「洗濯も終わってない」
そうだった。わたしが着ていた物は、先生の手によって、洗濯機に放り込まれている。もしかしたら、わたしを帰れなくする魂胆だったのかな。
「深く考えるなって。疲れてるだろ?もう寝るぞ」
本当に眠そうなあくびをすると、先生はベッドに潜り込んだ。そんな姿を見たらわたしも眠くなり、先生の隣に並んで横になった。
先生の左手が、わたしの右手を包んだ。指を絡めてギュッと握ると、先生の指にも力が入った。
あの日、北見くんの腕を振り払って先生のところに行っていたら、わたしの隣にいたのは、先生だったんだろうか。
何回も繰り返して来た答えのない問いを、眠りに落ちていく意識の中で考えた。
今日は、夢を見なかった。
戻って来た先生が、わたしに寄り添うように腰をおろした。
「うまくいってないんだろ?」
先生の言葉に顔を上げた。さっきの電話を聞いて察したのかと思ったけど、どうも以前から知っていたような口ぶり。
「遠藤先生情報ですか?」
「遠藤?」
遠藤先生は母校の数学科の先生で、奥村先生の高校教師時代の同僚。同じ数学担当で、歳も近いから仲が良かった。今は母校に勤務する北見くんの先輩だ。
ほんの少し片眉を上げたところを見ると、遠藤先生からではなさそう。
「あーっと。田岡さんから」
「田岡先生!?」
「あぁ。お前の荷物を取りに行った時に、聞きもしないのに話してたな。高校の時から付き合ってる彼氏と破局寸前だって」
そういえばあの時、田岡先生がついて来てたな。やっぱり仲良くしてるからって、自分のこと喋りすぎたわ。
「慰めてやってくれとも言われたな」
「は、はぁ」
「それと・・・」
言葉を区切った先生に抱き寄せられ、わたしはコテンと、先生の胸に頭を付けた。
「それと、何ですか?」
「さっきの電話の内容を考えたら、な。揉めてるのかと思った」
「・・・」
唇を噛んで、先生の顔を仰ぎ見た。先生は目を細めて、わたしを見ている。
「先生」
「ん?」
「先生は北見くんのこと、聞いているんですよね?」
頭を撫でていた先生の手に、一瞬力が加わる。それで確信した。
先生は北見くんに起きていること、いや、起こしたことを知っている。
「明日、わたしの両親と北見くんのご両親と、話し合う予定だったんですけど。北見くん、いつも直前になって逃げるんです」
先生は何も言わない。わたしの髪を撫でていた手も、止まったままだけど、話を聞こうとしてくれているのは伝わってきた。
「北見くんのことは好きです。好きじゃなかったら、10年以上も付き合ってない。気が合うし、安心できるし、このままずっと一緒にいるんだろうなって思ってた。けど北見くんは・・・って、い、痛いです!」
喋ってる途中で先生に頭を掴まれて、ぐしゃぐしゃとかき回された。
「明日の予定がキャンセルになったんなら、ゆっくりできるよな?」
「え、あ、はい・・・?」
「今日はもう遅いから、泊まっていけ」
「泊まるって・・・。タクシーででも帰ります」
「洗濯も終わってない」
そうだった。わたしが着ていた物は、先生の手によって、洗濯機に放り込まれている。もしかしたら、わたしを帰れなくする魂胆だったのかな。
「深く考えるなって。疲れてるだろ?もう寝るぞ」
本当に眠そうなあくびをすると、先生はベッドに潜り込んだ。そんな姿を見たらわたしも眠くなり、先生の隣に並んで横になった。
先生の左手が、わたしの右手を包んだ。指を絡めてギュッと握ると、先生の指にも力が入った。
あの日、北見くんの腕を振り払って先生のところに行っていたら、わたしの隣にいたのは、先生だったんだろうか。
何回も繰り返して来た答えのない問いを、眠りに落ちていく意識の中で考えた。
今日は、夢を見なかった。