焼けぼっくいに火をつけて
18時
教室では高校生中心の講義が続いてるけど、今日のわたしの仕事はここまで。帰宅準備が終わったわたしは、昼間届いたメールを睨んでいた。

『今日は実家に帰る。明日の件、忘れるな』

久々に受信した、北見くんからのメール。北見くんの不機嫌な顔や声が、頭に浮かぶ。

「えりりーん、何怖い顔してんの?」
「あ、いや、別も」

話しかけて来たのは、英語講師の田岡先生。同い年だし、仲良くして貰ってる。

「えりりん、今日は何か用ある?」
「ないけど。何かあるの?」
「ありりんと一緒に食事に行くんだけど、えりりんもどうかなって思って」

ありりんとは、わたしと同じ事務員の川井有紗さん。
北見くんも来ないし、家に帰っても1人だ。明日の予定は午後からだから、少しくらい遅くなってもいいか。

わたしは田岡先生に頷いた。



* * *

19時
田岡先生と、ありりんこと川井有紗さんと3人で食事。

ではなかった。

横並びに座るわたしたちの向かいに、同じく並んで座る男性2人。

「何ですか、この状況!」
「んー、他教室の先生方との交流会?」

小声で詰め寄ったわたしに、田岡先生はしれっと答えた。

うちの予備校は、わたしが勤めているところとは別に2つの教室を持っている。

研修会とかで講師同士の交流があることは知っていたけど、今は研修会じゃないし、どこをどう見ても居酒屋だし。

「これって合コンですよね」
「合コンだって交流でしょ」
「愛理ちゃん、堅く考えることないわよ。他の教室の人と会うことなんて、めったにないんだし。知り合いを増やすつもりで、ね」
「わたし、彼氏いるし・・・」
「破局寸前、のね」
「うっ・・・」

親しくしてるからって、自分のこと喋りすぎた。

もう訴えは受け付けない。
そんなふうに田岡先生は正面を向いてしまったから、仕方なく向かいの男性たちを窺った。

わたしたちが3人なのに、相手は2人?
わたしと反対側の席が1つ空いている。

「ごめんねー、もうすぐ来るから」

わたしの視線に気づいた真ん中の人が言った。気にしてない、と答える前に3人目の人が来た。
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