焼けぼっくいに火をつけて
気乗りしない「交流会」

奥村先生の言葉で、わたしの不機嫌は、頂点に達していた。機嫌を取ろうとしていた田岡先生も、既にその労力を放棄している。

疲れた・・・。明日は北見くんとの約束もあるから、帰らせて貰おう。
そう決めると、わたしはトイレに行くため席を立った。

用を済ませてトイレから出ると、奥村先生がいた。

(もしかしたら、なんて思ったけど、本当にいるとは)

あまりにもベタな状況に、噴き出しそうになるのを抑えながら先生を見上げた。

「随分と不機嫌そうだけど、気分でも悪いのか?」
「10年たって、こんな顔になっちゃったんですよ。すみません」

お辞儀をして戻ろうと歩き出したけど、目の前に伸びてきた、先生の左腕に阻まれてしまった。

「先生?」

振り返ると、そこにある真剣な表情に、胸がドクリと音を立てた。

「悪かった」

左手を壁についたまま、空いた右手がわたしの髪を一房絡めとる。

「28か、女らしくて、キレイになってるよ」

何言ってるの、この人。そんな色気を含んだ表情で。
片想いして、子どもなりに本気で好きだった人。その人に見つめられて、顔に熱が帯びて来た。

「髪、短くしたんだな」

高校生の頃は、腰まで髪を伸ばしていた。今は肩より少し下辺りだ。

「短い髪も、よく似合ってる」

え、えっ、えっ?
えぇーーーっ!

先生が指に絡めたわたしの髪に、唇を押し当ててる。短い髪に近づくから、わたしの身体は、先生と壁の間に挟まれてしまった。

「キレイだよ、愛理」

艶っぽい声。顎の斜め下に見える、先生の伏せた目とまつ毛。

息が苦しい。心臓が飛び出しそうなくらい、激しく拍動している。

「先生・・・、あの・・・」

どうにか声を絞り出すと、先生はパッとわたしから離れた。

「なーんてな」
「は?」

体を離した先生は、ニヤニヤとわたしを見下ろしている。

「今流行ってるだろ、壁ドンってやつ。ちょっとやってみたかったんだよな」
「なっ!」

何ソレ?
わたしで試したってこと!?今度は違った熱で、顔の温度が上がってきて、先生を睨みつけた。

「先生、わたしのこと馬鹿にしてます?」
「馬鹿になんてしてないよ」

少し真剣そうな顔をしたけど、目元と口元が笑ってる。

「からかってるだけだ」

「ふ、ふざけんな!」

先生の言葉に怒鳴ってしまった。
信じられない、先生ってこんな人だったんだ。
すごく落ち着いた大人の男性だと思って、恋をしていた。だけどわたしが子どもだったから、そう見えてただけなんだ。

先生の言動にドキドキしたことや、10年前に恋してたことを消し去りたい。
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