鈴が咲く【前編】
部屋に入って
ふぅ、と息を吐いた。
―――カチリ
キャラクターのイメージを切って
束の間『琴原咲』に戻る。
演じる時は絶対に気を抜かない。
疲れるけど、
ボロは出ないし、自制が効く。
演じなくてはならない。
ボロを出してはならない。
責務を全うしなければならない。
という思いからの、自分の感情への自制。
「さてっと...」
着替えてキッチンの前に立つ。
これから日常と化するこの感情操作。
まぁいつもより
演じる数と時間が長いだけだから
あんまり問題ないかな。
しばらくやってたら
無意識で切り替わるようになる。
今も無意識で行けるだろうけど
万全を期して絶対にボロが出ないようにしないとだから
とりあえずは意識する。
冷蔵庫を開けるけど、
「まぁ、入ってるわけない...
入ってるし...」
これ...全部使いきれるの...?
「何でも作れるよね、これ...」
コンコン
「咲希ちゃ~ん?来たよぉ?」
「はーい!今開けるね?」
『香林咲希』へ。
―――カチ
ガチャ
「みんな、いらっしゃい!」
ドアを開けると、
外に四人がそろっていた。
「「「......」」」
うつむき加減の佐島君と
こっちを見たまま固まる三人。
「み、みんな?どうしたの?」
「(ヤバい。私服って...)」
「(私服は見たことあったけど...エプロンって...)」
「(咲ちゃんって、自覚ないんやなぁ...)」