素直になりたくて~メイクに恋してあなたを愛す~
想い
「……おはようございます」

「おはよう、泰東」




翌日



会社に行くために電車に乗り込めば、もうすっかりと見慣れた光景が目に入る。
私がいつも立っている場所の隣にスーツを着こなした男の人、橘部長がいた。


所定の位置に立ちながら、橘部長に気が付かれないように彼の横顔を見る。


いつもならクールな顔つきに見惚れる所だが、今日ばかりは逃げたくて仕方がない。


昨日は橘部長のご両親と一緒にご飯を食べて、他愛のない話をしてお開きになった。
送ってくれる、という橘部長の優しさを全力で否定し、1人で帰った。


本当は少しでも長く、一緒にいたい。


だけど……。
怖かったんだ。
橘部長にあんな事を言ってしまったから。





『私は、あなたと一緒にいられて幸せです』




昨日、自分が言った言葉を思い出しただけで吐き気がする。


間違いなく届いてしまった私の言葉。
否定はしておいたけど、橘部長がどういうニュアンスで受け取ったかは分からない。



あの時の橘部長の戸惑った顔が忘れられない。
橘部長が女の人に好かれる事を迷惑に思っているのを知っているからこそ、彼から言われる言葉が怖くて堪らない。


だから、なるべく2人になるのは避けていたのに……。




「……」

「……」



仕事前にこんなに気まずくなるなら昨日のうちに済ませておけばよかった。
そんな後悔なんて意味もなく消えていく。




「泰東」

「……はい」



ずっと無言だった橘部長の口が開いた。
私は“きたっ”と心の中で呟きながら返事をする。



「昨日は助かった。ありがとな」

「……いえ、すみませんでした」

「謝る事はない、お前は嘘をつくのが心苦しかったんだろ?
それに……お前の誠意があの2人にはちゃんと伝わっていたよ。
かなり気に入られていたぞ?」

「あ……ありがとうございます……」



飛び交うのはいたって普通の会話。
私が恐れていた言葉は何一つ飛んでこなかった。


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