素直になりたくて~メイクに恋してあなたを愛す~
「……と、いう事でそろそろイベントを終了したいと思うのですが……」


こんなにも沢山の人たちの前に出たのは初めてかもしれない。
会社のプレゼンでもここまでの人はいないよ。
緊張しすぎてドキドキと高鳴る鼓動。
もう少しで終わる、そう言い聞かせて我を保っていた。

何とかイベントは成功し、終わりを迎えようとしていた。
しかし……。


「少しお時間をいただいても宜しいですか?」


甘い声を響かせたのは翔也さんだった。
翔也さんは視界の人からマイクを受け取るとふわっとした王子様スマイルを浮かべた。


「今日はこんなに大勢の方にお越しいただき誠に感謝しております」


翔也さんは深く頭を下げ再び話し出す。
その顔は笑顔だったがどこか真剣だった。
そんな彼の横顔を見ていれば一瞬だけ翔也さんはこっちを見た。
そしてとびきりのスマイルを私にくれた。

驚いていれば、さらに驚く言葉が耳へと届く。


「今日この場を借りてお伝えしたいことがあります。
僕……水沢 翔也は今……凄く大切な人がいます」

「きゃー!!」

「やめて!!」


翔也さんの言葉にイベントに来ていた女性は悲鳴を上げる。
相当な騒ぎの中、翔也さんは止まらなかった。


「ですが……その人の心に僕はいない。
彼女が僕を見てくれることはない、自分でもそう思っています」

「……っ」


翔也さんは何を……。
もしかして私の事を言っているのだろうか……。

自意識過剰とも思われる考えが頭に浮かぶ。
彼の声が寂しそうに聞こえ、それと同時に胸が痛くなる。


「だけど僕は諦めません。逃げたくないから、自分の想いから。
僕も逃げない。だから……逃げないで真っ直ぐにぶつかってみなよ」


翔也さんの言葉は私に突き刺さった。
“逃げない”か。
翔也さんはこんなに大勢の人の前で闘ってくれた。
そして私の背中を押そうとしてくれている……。

それなのに私はたった1人の人から逃げようとしていた。
なんて小さな人間なんだろう……。
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