置いてゆく
「姉さん、結婚するんだって」
「そう何度も言わなくていいから」
無精髭の生えた顎にひたりと手のひらを当てると、触れたそこはやけに熱かった。いや、もしかしたら私の手が特別冷たいだけなのかもしれない。
煩わしそうな言葉を返してうっすらと目を開けた祐司さんは、私の顔を見て困ったように小さく笑った。
「鈴子にべったりだったもんな、お前。寂しいんじゃないのか」
祐司さんこそ、と危うく口を開きかけて咄嗟に呑み込む。
「……のど、渇いた」
代わりに発した言葉に苦笑した祐司さんは緩慢な動きでソファから起き上がると、リビングに併設されたキッチンへと向かった。
目だけでその後ろ姿を追いかける。やかんに水道水を汲んでいるところを見ると、何か温かいものでも作ってくれるようだ。棚からインスタントココアの袋を取り出しているのでそれだろう。
「祐司さんこそ、」
「何か言った?」
「祐司さんこそ、どんな気持ち?」
「……何でそんなことを訊くんだ」
「幼馴染みの立場から見て、姉さんの結婚をどう思う」