置いてゆく


 まさか私に知られているとは思ってもいなかったのだろう。私はいつも祐司さんを見ていたけど、祐司さんはそうではなかったから。

 私は笑みを深くして、俯いてしまった彼の顔を覗き込んだ。


「姉さんの婚約者、少し祐司さんに似てると思わない?」

「……っ!」


 乱暴な動作で両肩を掴まれて、勢い良く壁に身体を押し付けられる。痛みに顔が歪んだが、すぐにそれを隠した。

 見たこともないような鋭い目をした祐司さんに怖じ気づきそうになる自分を叱咤して、努めて何でもない顔をして彼を見上げる。


「お前は一体何がしたいんだ」


 その苦しげな表情に、壁際まで追い込まれたのは私ではなく、祐司さんの方なのだと思った。私を閉じ込めるような体勢に気がついて、こんな状況であるにも関わらず胸が高鳴ってどうしようもない。


 息がかかるほど近い距離にある祐司さんの黒い瞳に映る暗い色をした人影は、私のよく知る人物に似ていた。


「ねえ、祐司さん」


 乾いた唇をそっと舌で湿らせる。固く握っていたせいで汗ばむ手のひらを解いて、祐司さんの首の後ろにするりと腕を絡めた。

 予想だにしなかった私の行動に彼が驚いて後ずさろうとするのを留め、それからこちらに引き寄せる。


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