寡黙な夫が豹変した夜
ポンと音を立てて到着したエレベーターに乗り込むと、薫が一階のボタンを押した。
その時、バタバタと足音が響くと数人の同級生がエレベーターに乗り込んでくる。
その先頭にいたのは、後藤くん。
「あっ」
私と目が合った瞬間、後藤くんの足が止まる。
けれど、エレベーターに乗り込もうとしていた同級生たちの勢いは止まらない。
次々に乗り込んで来る同級生たちに背中を押された後藤くんは、エレベーターの奥に押しやられていく。
そして、その後藤くんを避けるために私は一歩、また一歩と、足を後退させた。
けれど----ドン!
後藤くんの手のひらと私の背中が、エレベーターの奥の壁に同時に付く。
私の目の前に迫ったのは、第二ボタンまで外した白いシャツから覗く後藤くんの首筋。
そこに浮き出た血管が妙に色っぽくて、思わず視線が釘付けになってしまった。
「壁ドンしちゃったよ。悪い」
「ううん」
後藤くんは俯きながらエレベーターの壁から手を離すと、私から距離を取った。
ああ。これが今流行の壁ドンか。
そんなことをぼんやりと考えていると、後藤くんと私を冷やかす同級生たちの声がエレベーターに響き渡る。
「後藤!今の壁ドン。わざとだろ?」
「だよな?さっきの同窓会で菜摘ちゃんに見惚れていたもんな!」
思いがけない言葉を聞いた私は、驚きながら後藤くんを見つめた。