寡黙な夫が豹変した夜
豹変ナイト
夢の国を旅しているはずの真菜を起さないように、そっと玄関を開けて家に入ると二階の子供部屋に向かった。
スヤスヤと寝息を立てている真菜の寝顔は天使のようで、愛おしい。
「ただいま」
私は眠っている真菜に向かって、小さな声で挨拶をした。
でも聞こえてきたのは、開いたままの子供部屋のドアの前に佇む夫の低い声。
「お帰り」
「あ。ただいま」
真菜が深く眠っていることを確認した私は、静かに子供部屋を後にするとドアを閉めた。
「今日はありがとう」
「いや」
「真菜の世話、大変じゃなかった?」
「いや。真菜はいい子だったよ」
「そう」
相変わらず口数が少ないことを可笑しく思いながら、夫の前を通り過ぎようとした。
その時。夫が私の前に立ち塞がる。
「な...に?」
「今日のその格好。とても綺麗だよ」
「え?突然どうしたの?」
唐突に紡がれた褒め言葉を聞いた私は、目を丸くしながら夫を見つめる。
すると夫は鼻先を人差し指でポリポリと掻くと、私から視線を逸らした。
この仕草は夫が照れている証拠。
「だから、その新調したワンピースも、そのふんわりとした髪型も、それからそのピンクの爪も。似合っている。とても綺麗だ」
今まで聞いたことのない褒め言葉のオンパレードは、私を不安にさせる。