今夜も隣人に壁ドンする
「大丈夫ですか?」
狭い通路で向かい合い、俺の言葉を聞いて女の顔が今にも泣きそうなのを間近で見た。
「大丈夫です……ちょっと、切っちゃって」
女は手首の包帯が見えないよう右手を体の後ろに隠した。
「いや、怪我もそうですけど……」
「………」
「何かあったら叫んでください。警察呼びますから」
「やめてください!」
警察という言葉に女は慌てた。
「警察なんて……そんなことされたら……」
もっと酷くなる。
女の顔はそう言っているようだ。俺は迷った。関わりたくない。でも今助けないともっと危ない事態になるかもしれない。
「助けてほしいときは誰かに助けてって言った方がいいですよ」
「………」
「俺、最初はうるさいなって思ってただけですけど、何か力になりたいですし……」
「あなたに何が分かるの!?」
女は唐突に叫んだ。
「私だって怖いよ! 助けてほしいよ! 逃げたいよ!」
「だったら……」
「警察呼んでそれで!? 逮捕してもらっても、あの人はいつかまた私を殴りに来るんだから!」
「そんなこと……」
「言いきれるの!? いい、加減、なこと言わないで、よっ!!」
女は取り乱して左手に持った買い物袋を振り回した。
「うわっ、ちょっと!」
袋が俺にぶつかり、袋が破けて中身が通路に散らばる。それでも女は暴れ続け、包帯を巻いた手が勢いよく俺に当たった。
「いって!」
「痛いっ!」
俺は女に押されアパートの壁に背中を打った。女は動きを止めた。怪我した右手が痛むのか、左手で庇いながら泣いて震えていた。
「一緒に警察相談しに行こ?」
俺は俯く女の顔を覗き込んだ。
「もう構わないで!」