今夜も隣人に壁ドンする
至近距離で睨みつけられる。そうして数秒見つめ合った。
間近で見た女の顔は綺麗だった。だからこそ余計にアザが目立つ。口の端は紫色に変色している。この間マスクをしていた時は今よりももっと酷い色をしていたのかもしれない。目はまだ腫れているようだ。白い肌だからこそ余計に目立って痛々しい。
「はぁ……」
俺は溜め息をつくと、落ちた野菜や肉のパックを拾うため屈んだ。
「俺思うんですけど、あんた限界だよ。こんな風にさ、物振り回して隣人にキレるとか普通ないから」
「うっ……っ……」
「警察行こ?」
「いや……無理……」
女は壁に手をついたまま、ポロポロと涙を溢した。俺の足元に涙が落ちる。
「じゃあこうしよう」
俺は買い物を拾い立ち上がった。
「また酷いことされて、どうしようもなく怖くなったら俺の部屋の方の壁を叩いて。一回ね。まだ大丈夫なら二回」
「……え?」
「これじゃ何の解決にもならないけど、一人じゃないって思えるかなって」
「思えない……」
即答だ。
「あー……そうっすよね」
自分で言っておいて何を言っているんだろうと急に恥ずかしくなる。俺は女の腕に拾ったものを押し付けた。
「お節介すいません」
俺は自分の部屋へと逃げた。壁を叩けだなんて何の励ましにもならない。俺が何をできるというのだ。自分が生きるのに精一杯で無力な人間なのに。
暫くして隣の部屋のドアが開く音が聞こえた。女は自分の部屋に入ったようだ。全くくつろぐことのできない地獄のような部屋へ。