今夜も隣人に壁ドンする
「ちゃんと聞こえたよ」
女は俺の言葉を聞いた途端に泣き出した。
「いきなり何だよお前」
男の言葉には怒りがこもり、俺を睨みつける目は殺気立っている。
「あんた最低だな」
俺は男に吐き捨てる。
「は? お前には関係ないだろ!」
男は俺につかみかかってきた。押されて背中が食器棚にぶつかり衝撃で倒れ、俺は床に頭を打った。すぐに男が馬乗りになり、腕を振り上げ俺の顔へ……。
そこで意識が途切れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目を覚ますと天井が見えた。
「うっ……」
背中と頭の鈍い痛みに呻いた。
「気付きましたか? 痛いところは?」
白い服を着た知らないオッサンが俺を覗き込んだ。
「あれ? おれ……」
「大丈夫?」
あの女も俺の顔を見た。
「今から救急車に乗りますから。おい、担架持ってきて!」
オッサンが誰かに指示する怒鳴り声が頭に響く。
「は……」
何がどうなってるんだ? あの男は?
体を起こそうにも力が入らない。
「まだ起きないで。ありがとう……もう大丈夫だから」
女は安心しきった顔を初めて俺に向けた。その顔は改めて見ると本当に綺麗だ。
「あいつは?」
「パトカー……」
「そう……」
その言葉で状況を理解した。俺は横になったまま腕で目を覆った。
「だっせー俺。殴られて気絶とか」
「そんなことない。私は嬉しかった……」
女の目からは今にも涙が溢れそうだ。
「あのさ……」
「はい」
「あいつがもしまた現れても、俺いるし」
「え?」
「隣にいるし……」
「うん……ありがとう」
お互いにそれだけ言うのが精一杯だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
トントン
隣部屋の壁を叩く音が聞こえた。それは晩飯ができた合図だ。俺は返事代わりにトンと壁を叩くと、自分の部屋を出て隣の部屋のドアを開けた。
このやり取りもあと少しで終わる。
来月には引っ越す予定だ。女と一緒に住むことにした。
あれから女の体に傷ができることはなくなった。今では俺と口喧嘩して時々泣かせてしまっている。
END