執事が男に変わる時
部屋に戻ると柑橘系の爽やかな香りが迎えてくれた。執事の入れたオレンジピールのハーブティーだ。

オレンジピールは疲労回復の効果があると以前教えてもらった。彼の入れる飲み物は、いつも私に相応しい。

「今日は顔色が優れませんね。早めにお休みになった方がよろしいのでは?」

側に空気のように控えていた海藤が口を開く。私の執事になって八年、何もわからなかった私にマナーから教養まで全て教えてくれた人だ。

普段は無表情で厳しいが、努力してよい結果を得られた時には、必ず穏やかな笑顔と温かい大きな手で頭を撫でてくれる。

その温もり欲しさに、私が乗り越えられた壁は多い。

肉親に疎まれてきた私にとって唯一家族のような存在。彼にとってはただの仕事で、私だけがそう思っているのだと分かっているのだけど。

振り返ると端正な顔立ちが私を見つめている。

今年で三十歳になるのだと耳にしたことがあるが、八年前から変わらない透き通るような白い肌は少年のようだ。
そしてメガネの奥の瞳は、いつも決して冷たくはない。

「そうね。明日はお見合いだものね」

呟いて私はカップを置いた。心情が行動に現れたのか、カップはカンと甲高い音を響かせる。

「私はいつでも唯(ユイ)様の幸せを願っております。本当によろしいのですか?」

海藤の低い声は耳に心地よい。
私は声の尖りを消して「いいのよ。ありがとう」と告げた。

今まで一度も家の役に立ったことのない私。見合い相手は大手ショッピングセンターを経営している会社の、専務の息子だ。

結婚がお父様の会社のプラスになることは間違いなかった。
愛されてはいなかったかもしれないが、見捨てずに育ててくれたのは事実。
その恩に報いたい。
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