執事が男に変わる時
婚約者は優しい人だった。

意外と整った顔で、背が高く浅黒い肌をしていた。三十二歳だと聞いたけど、その年齢まで売れ残る人には思えなかった。

「恋人がいないなんて意外」だと言うと、「仕事ばかりしていて、気づいたら
この年になっていたんだ」とはにかんだ微笑を浮かべていた。

「こんなおじさんが恥ずかしいけど……一目惚れだったんだ」
告げられたのは三回目のデートだっただろうか。

街路樹の葉は散り落ちて、澄んだ空気にかじかんだ手をそっと握られたことを覚えている。
驚いたけれど嫌な気分ではなかった。

胸が高鳴るわけではなく、温かい気持ちになる。両親から厄介者扱いされてきた私を初めて必要としてくれる人。

この人となら、寒い日に食べたくなる野菜たっぷりのシチューのように、穏やかな家庭が築けるような気がした。

私の歩幅に合わせて歩いてくれる人。
お見合いから三ヶ月が過ぎたものの、私たちはまだキスすら交わしていなかった。



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