執事が男に変わる時
背中には壁、左右は海藤の腕に塞がれて逃げることはできない。
強がってみても心は不安でいっぱいだった。

海藤がこんなことをするなんて……。
私が怒らせた?

端正な顔が歪んで、眉間に皺が寄った。

「私はあなたの幸せを願っているつもりでした。それなのに……あなたが他の男とキスするのは許せない」

彼の言葉の意味が理解できない。
逃げることも忘れて身動きできない私の前で、彼が壁から右手を離した。

彼が眼鏡を外して執事服の胸ポケットに仕舞う様を、私はぼんやりと見つめていた。

眼鏡のない顔を見るのは初めてだった。彫りの深い切れ長の目が際立って見える。伏せられていた瞳が私を真っ直ぐに捉えた。

婚約者とのキスよりの時よりもずっと、心臓が早鐘を打ちはじめる。
この先に起こることに期待と不安が入り交じって、ただただ動けないでいた。

海藤の顔が私の横をすり抜けて、私の肩に乗った。
言葉と吐息に反応して耳が熱い。
きっと私の耳は真っ赤になっているんだろう。

「嫌ならば抵抗しなさい。しないのなら……あなたを俺のものにする」

海藤らしくない発言に戸惑うけれど、私の身体は一向に動かない。

……逃げたくない。
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