荘(仮)
 さっさっさっ、そんな軽いノリで庭先を掃く芳章。
 門と棟の間はグラウンドほどの距離があるのに。
「さあさあ頑張れ」
 箒にエールを飛ばす。
 そんな彼はダンスに夢中だ。
 しかもCDプレイヤーのご時世にカセットテープだ。
「もう少ししっかりやったらどうですか」
 咎める声の物腰は柔らかく、美琴のそれとは正反対。
 艶やかな黒髪が美しく、二階のベランダから布団を干す松永の主婦。
 松永雲雀。
 どう見ても現役大学生でモデル兼業と言われても違和感のない美女は、これでも二児の母だった。
 そう、美琴と同じくらいの子持ちだ。
「お仕事なんて珍しいわね」
「最近物騒だからね」
 物騒? と首を傾げる。
 先程ホワイトボードに書いた珍事件をすべて教える。

「あら、面白いわね」
「でしょう? ご安心を、俺がしっかり見回りますからね」
 頼りにしているわ。
 口元を押さえ、ころころと笑う雲雀。
 一挙一動に美を感じる。
 美琴にも見習ってほしいところだ。
 想像してみる。

 ほら、起きてください、芳章。
 ご飯粒が付いてますよ? 仕方がないですね。
 今夜は何が食べたいですか? えっ、私? も、もうっ冗談はやめてくださいっ! …でも、もし本気なら…

 背筋が寒かった。
 殺される前振りかと疑う。

「ところで、また美琴に何かしたの?」
「なんで?」
 質問系だったが、口調は確信していた。
 やれやれ、と溜息を吐いた。
「さっきディバインクラッシャーを持って下に降りていったの」
 身に覚えはないが死を覚えた芳章。
「次の掃除に行ってきます!」
「足跡も消すのよ」
 荘の中に消えていく芳章。
 雲雀は終始楽しそうだった。
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