荘(仮)
 おーい。
 音を嫌う世界に、彼女の声はよく響いた。
 夏の風鈴に似た心地よさに、しかし彼は起きようともしない。
 開いたページは折れ目がつき、いつからそうしていたのかうっすらと埃が積もっている。
 壊れた人形。
 そう錯覚してしまいそうなほどに微動だにしない彼。
 死。その文字に相応しく眠りに就く彼に。

「とっとと起きろ、穀潰し!」

 問答無用で容赦なくニードロップを炸裂させた。
 空を舞う本、
 くぐもった呻き、
 二回宙を決めた華麗な軌跡、
 満足そうに、手を高々と掲げる少女。
「やあ。今日も元気だね」
 むくり、と起き上がる彼。
 膝が鳩尾に入ったのに、呑気に欠伸までしていやがります。

 むすっとしながら、少女は手紙を差しだした。
 差出人のない、真白い封筒。
 彼は、えっと驚いた。
「久しぶりのご飯は紙なのか? ボカァ山羊じゃないんだよ」
「なことは知ってるわダメ人間! アンタに手紙だって、見て分かれ!」
「ナニ手紙? 苦節七年、やっと僕に振り向いてくれたんだね、ハニー☆」
「地獄に堕ちれペテン師があああ!!」
 床で三回宙を決めるには大学生でさえも難しいという。
 この少女は踵落としを加えた。

 ぷしゅー、と煙をあげる彼に見向きもせずに少女はどこかへと去っていく。
 その後ろ姿を颯爽と復活した彼が呼び止めた。
「夕飯は蕎麦がいいな!」
『季節を読めロクデナシ!』
 そのまま、少女は木製のロジックに入っていった。
 黄金の海にぽつんと浮かぶ木の家。
 これが二人の
 秋の世界だった。
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