荘(仮)
 信用できないか、と笑う。
 何がおかしいのかいつまでも延々と。
 いい加減にしろ、と崇は口に出そうとした。だがそれは喉元を通過して、空気に溶けた。

 ――Glad!!!!

 そんな音が聞こえてくる歯噛みの気配。
 ぼたり、
 ぼたり、
 赤い泪が、零れた。

「――いい忘れていたが、ここの番犬は凶悪でね」
 手は出さない、と言った。そのことに嘘はない。
 だが、番犬が何もしない、とは言っていない。
 雲雀は震えていた。
 尋常ではない振動が、繋いだ手を通して伝わってくる。

 闇の奥、椅子の下に鎮座する番犬。爛々と輝く瞳は怒りという本能に燃え、全身の毛を逆立てて威嚇した。
 それは地獄の番犬【ケルベロス】ではない。
 首は一つだし、何よりここは地獄にしては温い。

 ここは赤い終端【ラグナロク】
 其は罪深い愛狼【フェンリル】
 白銀の犬歯がまずそうに血を吐いた。
「どうやら大変ご立腹なようだ。これは手が付けられんぞ」
 押し殺した笑い。
 絶えず流れる血液の音が、崇の心を掻き乱す。
 そんな様子がおかしいのか、奴はよけいに笑いだす。
 赤い血はとめどなく溢れ、闇を汚していく。その光景に、崇は息を呑んだ。
「それは恐怖か」
 問い掛ける。だが答えない。
 伝わる震えを握り返し、
「言いたいことが、ある」
 真っすぐ投げる瞳は震えていない。あるのは確たる決意だけ。
 この思いをぶつけよう。
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