荘(仮)
 だがその前に。
 伝えるべきことがある。

 空いていた手で指す。
 闇殿に鎮座している主を、ギロリと睨み付ける番犬を。
 狭間にある、赤い泪を。

「痛くないのか?」

「……何を言うのかと思えば」
 場違いだ、とでも言わんばかりに呆れた声。肩をすくめる気配まで伝わる。
 あまりにも人間味がある態度。
 やがて鋭い視線が崇を射ぬき。



「………痛いに決まってるだろ、ばかーーーーー!!!!」



 飛び上がる。
 ぱっと明かりがつくと、隣の雲雀はお腹を抱えて笑いだした。
 二人、彼と彼女のコントを前に笑いを堪えていたようだ。
「お前たち、つまらんことするなよな」
「だったらさせんな!!!」
 番犬は律儀に付けていた(付けられた)首輪を叩き捨てた。
 そりゃあ、男に首輪付けられて番犬扱いされた日には、飼い主の手を噛みちぎりたくもなる。
 だくだくと血を流しながら救急箱を探すこの地すべての悪。すっかりいつもどおりの光景だった。

「雲雀。本当に大丈夫なのか」
 いまさら不安になる崇。
 対して雲雀は考え込む。不安なのではなく、何らかの先をシミュレートしているのだ。
 電子音が聞こえそうなほど短く、かつ正確な未来予測。
 良くも悪くも的中する。
「プランはある。あとは協力してもらうだけ」

「どんな話かな」

 いまさら威厳も何もあったものではないが、お気に入りの安楽椅子に座る管理人。
 その様子を、面倒くさげに見つめる駄狐。

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