Sting
Ⅲ 黄檗

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7月も下旬になると、日本の猛暑を久しぶりに体感して、夏バテに少しやられていた。


新入社員の研修は一段落着いたけれど、就活をはじめる新大学3年生向けの説明会や、海外採用の対応に追われていて、相変わらず地方や他の国を行ったり来たりしていた。


そんな中、無言電話に加えて当時の週刊誌の切り抜きが家のポストに投函されるようになった。


稼ぎが悪いわけでもないけれど、今のところ結婚するつもりもないし、生涯一人で生きていかなければならないときのことを考えて、お金をためるために少し安めの家賃で済むところに住んでいる。


オートロックとかセキュリティに関しては少し問題があるようなところ。


多少の出費は多くなるけど、もう少しましなところに引っ越したほうが良いのかな、でも引越しにはお金かかるし、と家に帰った瞬間は毎日思っても、会社に行くと忘れてしまう。


それにしても、3ヶ月も無言電話を繰り返して切抜きを送ってくるというのは、相当私に恨みがあるに違いない。


恨まれても仕方ないのは紺野家か麻美さんの家族か麻美さんのファンか。


誰であってもきっとあの事件が起きるきっかけとなった私が生きていることが許せないんだろう。


何度も考えてきた。私が居なければ今頃父親も麻美さんも幸せに暮らしていただろう、そもそも母親が亡くなったのも元々体が弱かったのに私を生んだからだ、とか。


だけど私が死なずに生きているという事実に代わりはない。


自分で死のうと考えなかったわけではないけれど、そんな勇気は無い。


麻美さんに振るわれた暴力の跡と刺された跡を、体に負って生きるのが与えられた使命だということに落ち着いた。

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