Sting
8年かかって少しは気持ちの整理がついたのに、どうしてこのタイミングでまた8年前のことを蒸し返されるのか。
忘れるなということなのか、普通に生活を送っていることが許せないのか、全く見当がつかない。
『ゆきちゃん、』
言いたいこと分かるよね、とでも言わんばかりにこちらを見つめる原先生に背筋がピンとなる。
『そんなに仕事出来るの?いや、ゆきちゃんなら出来るだろうけど、仕事しすぎ。体持たないよ?』
「すみません。」
『何なら診断書書こうか?』
「大丈夫です。」
どんどん険しくなっていく原先生の顔。どんな怖い役員よりも原先生の淡々と追い詰めてくるような怒りには適わない。
あの日目が覚めて全てを知って、自分の体の傷が残らないことも他の臓器がやられてることも知って、果たして生きることに何の意味があるのか分からなくなってきたときに、原先生は『ゆきちゃんが生きてて良かったと思う人も多いよ。』と一言そう言ってくれた。
たまたま搬入された日に勤務してただけなのに、原先生はずっと優しくて同時に厳しい。
アメリカに行くときもいつの間にか向こうの病院に連絡を取ってくれていたし、その後もその病院の先生を通じてずっと心配してくれていた。
『このままじゃ治るものも治らないよ。もっと長い目で人生見て欲しいな。』
「長くなくても良いんです。今まで社会に支えられて来たから精一杯働いて、死ぬときは死ぬときだと思ってます。」
『…ゆきちゃんは自分のために生きて良いと思うんだけど。』
両親も麻美さんも私のせいで人生を狂わされたのに、私が私のために生きるなんてなんか違う気がする。かといってその人のために生きたいと思えるような人も居ない。
人間誰しもいつかは死ぬんだから、その”いつか”がちょっと位早くたって構わない。