Sting


なんだか怖い。


結局押し切られる形でそのうち会おうということになった。


こんなに強引な人だったっけ、と記憶を探るけれど、駿さんとの出来事は特に何も思い出せなかった。


結局夏の間はお互いの仕事の都合がつかずに、駿さんから連絡が来ても断るばかりだった。断りを入れるたびに不機嫌な声が返ってきて、正直会うのが億劫になった。


夏を過ぎると12月から始まる説明会やその内容の調整に追われ始めた。


『ゆきさん、九州の説明会の打ち合わせしたいんだけど、今良い?』

「大丈夫、ミーティングルーム押さえといてくれる?一本電話かけてから行くね。」


水瀬にそう声をかけて説明会のためにスケジュールを押さえるように言ってあった社員からの電話に折り返してミーティングルームに向かった。水瀬とあぁでもないこうでもないと説明会について打ち合わせしていると、あっという間に定時は過ぎて、気付けば夜の9時を回っていた。


莉緒と帰るという水瀬と別れて、少し書類を整理して帰ろうとプライベート用の携帯を手にしてぞっとした。


駿さんからの着信が21件。


そうしている間にも電話がかかってきた。


「…はい。」

『紫ちゃん?仕事してたの?遅くない?』

「すみません。仕事で…。」

『今紫ちゃんの会社の近くに居るんだけど、車出来てるから送っていくよ。』


勤めているところを言った覚えは無いし、そこまで個人的な話をしたことは今まで一度も無い。


いつも食事のお誘いの電話で、いつも断って不機嫌にさせてただけ。それ以上の会話はしていない。


『とりあえず、降りてきてよ、待ってるから。』


少しせかすような声で電話が切られた。

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