一難去って、またイチナン?
午後三時、青山主任が立ち上がる。
「行こうか」
と私に向けて呼び掛けたのに、黒田くんまで顔を上げた。青山主任と私を交互に見て、何か言いたそうな顔をしてる。
「黒田君はしばらく留守番して、勉強してて」
青山主任が笑うと、黒田くんが照れ笑い。
できるなら、この笑顔を一緒に連れて行きたい。
「ごめんね、何かあったら会議室の内線鳴らしてね」
「了解です」
黒田くんの癒し系笑顔に見送られて、仕方なく会議室へ。
「知華(ちか)、始めようか」
席に着いてすぐに、青山主任が私の名を呼ぶ。
さっきまで自席にいた時とは違う声。
付き合っていた頃と同じ、しっとりとした低音。
あの頃は名前を呼ばれるたびに心地よく体に沁みてきた声は、今はちっとも沁みたりしない。
耳から入った声は素通りして、転がり落ちていくように消えていく。
もはや、温もりさえも感じない。