一難去って、またイチナン?

午後三時、青山主任が立ち上がる。



「行こうか」



と私に向けて呼び掛けたのに、黒田くんまで顔を上げた。青山主任と私を交互に見て、何か言いたそうな顔をしてる。



「黒田君はしばらく留守番して、勉強してて」



青山主任が笑うと、黒田くんが照れ笑い。
できるなら、この笑顔を一緒に連れて行きたい。



「ごめんね、何かあったら会議室の内線鳴らしてね」

「了解です」



黒田くんの癒し系笑顔に見送られて、仕方なく会議室へ。



「知華(ちか)、始めようか」



席に着いてすぐに、青山主任が私の名を呼ぶ。



さっきまで自席にいた時とは違う声。
付き合っていた頃と同じ、しっとりとした低音。



あの頃は名前を呼ばれるたびに心地よく体に沁みてきた声は、今はちっとも沁みたりしない。



耳から入った声は素通りして、転がり落ちていくように消えていく。
もはや、温もりさえも感じない。



< 4 / 10 >

この作品をシェア

pagetop