鬼蜘蛛【短編】
「お前を倒して術を解く!! 我らはお屋形様のもとへ行かねばならぬのだ!!」
気合一閃。地に縫いとめられた着物も意に介さず、力ずくで引きちぎり忍刀をそのまま蜘蛛の腹に突き立てる。
ギチギチギチ……
見かけに寄らず固い腹が妙な音を鳴らし、だがひるまぬ黄蝶の力のこもった刃はそれを確実に切り開いてゆく。
グジュ……ジュウウウウ……
開いた穴から漏れる体液が着物の端を溶かし、異様な匂いと煙をたてるのを見て、黄蝶は刀を引き抜きながら体液から逃れるように蜘蛛の身体の下から飛び出した。
「やったか!?」
どう、と音をたてて岩場に伏した蜘蛛の背を黄蝶は振り返る。
蜘蛛は起き上がる気配を見せない。その身体の下から毒々しい緑色の体液が大量に岩場に広がりつつあった。それが触れた場所から紫色の霧状の煙が立ち昇る。
蜘蛛が動かないと確認するや、黄蝶ははすぐに踵を返し竹林へと引き返す。仲間達の様子が気がかりだ……それに、もう空は薄ら明るくなっている。
日の出が近い。
あやかしは朝日に弱いと聞く。このまま放っておいても勝手に死にゆくだろう。
仲間が無事ならば、すぐにもう出立せねばならない。
竹林へと駆け出した少女の後姿を、赤い八つの目はじっと映していた。
(やはり、行くか……ならば……)
少女の姿が消えると同時に、山すそを上がってくる光を見やり、蜘蛛はくくっ、と喉を鳴らした。