喪失
音楽会
彼の病気は、そうしている間にも進行し続けていた。
目には見えないところで、彼の体は蝕まれて。
それは、私にはどうすることもできなくて―――
「春次郎さん。」
「すみれ……、人って死んだらどうなるのかな。」
「そんなこと……。」
「怖いんだよ。死ぬのが怖い。眠っているときみたいに、感覚がなくなるのか?それとも……、どこかに行くのか?」
彼の表情には、焦りさえ感じられた。
死んだらどうなるか、なんて。
そんなこと分からないよ。
死んだことないもん、分かんないよ―――
「もう、戻れないんだな。」
彼は、悲しい悲しい目をして、そうつぶやく。
そんなことない、と言いたくて。
でも、できなかった。
気休めでしかないことは、春次郎さんが一番分かっているから。
「あのね、春次郎さん。」
私は、その日病院の廊下で見つけたパンフレットを、春次郎さんに差し出した。
彼を悲しませてしまうかもしれないから、迷ったけれど。
「なに、これ。」
春次郎さんは、パンフレットに目を走らせて。
そして、一瞬嬉しそうな目をして。
その後、落胆したように視線を外した。
「春次郎さん、出てみたらどうかな。」
「無理だよ。」
「やってみなきゃ、分からないよ?」
そう、それは―――
病院の一角で、定期的に開かれるという音楽会のパンフレットだった。
幅広い年齢の患者や、医師、看護師が。
それぞれの特技を披露する、その会。
「俺はもう、サックスなんて……。」
「そんなことない!……まだ、戻れるかもしれないよ。春次郎さんなら、きっと、できるよ。」
「無理だ。」
「私がキーボード弾くよ。」
「……すみれが?」
「前にピアノ習ってたから。それなりに弾けるもん。」
春次郎さんは、一瞬だけ悩むような顔をした。
それを肯定だと受け取った私は、にこりと笑って言ったんだ。
「春次郎さん、よろしくお願いします。」
「……。」
春次郎さんは、何も言わなかったけれど。
嫌だと言わないのは、分かっていた。
だって、春次郎さんはサックスを誰より愛しているから。
病気になって、春次郎さんが失ったもののうち。
一番大きなものは、やっぱりサックスだと思う。
だから、私はどうしても、春次郎さんにサックスを吹いてもらいたかった。
それで、前の春次郎さんを取りもどせるわけじゃないけれど。
それでも―――
春次郎さんに残された時間が、短いのなら。
尚更、彼には好きなことをしてほしい。
それは、私の自己満足かもしれないけれど……。
目には見えないところで、彼の体は蝕まれて。
それは、私にはどうすることもできなくて―――
「春次郎さん。」
「すみれ……、人って死んだらどうなるのかな。」
「そんなこと……。」
「怖いんだよ。死ぬのが怖い。眠っているときみたいに、感覚がなくなるのか?それとも……、どこかに行くのか?」
彼の表情には、焦りさえ感じられた。
死んだらどうなるか、なんて。
そんなこと分からないよ。
死んだことないもん、分かんないよ―――
「もう、戻れないんだな。」
彼は、悲しい悲しい目をして、そうつぶやく。
そんなことない、と言いたくて。
でも、できなかった。
気休めでしかないことは、春次郎さんが一番分かっているから。
「あのね、春次郎さん。」
私は、その日病院の廊下で見つけたパンフレットを、春次郎さんに差し出した。
彼を悲しませてしまうかもしれないから、迷ったけれど。
「なに、これ。」
春次郎さんは、パンフレットに目を走らせて。
そして、一瞬嬉しそうな目をして。
その後、落胆したように視線を外した。
「春次郎さん、出てみたらどうかな。」
「無理だよ。」
「やってみなきゃ、分からないよ?」
そう、それは―――
病院の一角で、定期的に開かれるという音楽会のパンフレットだった。
幅広い年齢の患者や、医師、看護師が。
それぞれの特技を披露する、その会。
「俺はもう、サックスなんて……。」
「そんなことない!……まだ、戻れるかもしれないよ。春次郎さんなら、きっと、できるよ。」
「無理だ。」
「私がキーボード弾くよ。」
「……すみれが?」
「前にピアノ習ってたから。それなりに弾けるもん。」
春次郎さんは、一瞬だけ悩むような顔をした。
それを肯定だと受け取った私は、にこりと笑って言ったんだ。
「春次郎さん、よろしくお願いします。」
「……。」
春次郎さんは、何も言わなかったけれど。
嫌だと言わないのは、分かっていた。
だって、春次郎さんはサックスを誰より愛しているから。
病気になって、春次郎さんが失ったもののうち。
一番大きなものは、やっぱりサックスだと思う。
だから、私はどうしても、春次郎さんにサックスを吹いてもらいたかった。
それで、前の春次郎さんを取りもどせるわけじゃないけれど。
それでも―――
春次郎さんに残された時間が、短いのなら。
尚更、彼には好きなことをしてほしい。
それは、私の自己満足かもしれないけれど……。