喪失
バイトを初めて一か月。

友達は、突然活動的になった私に、驚いているみたいだ。


私だって驚いている。

私は基本的に、洋服にも食べ物にも興味が薄い。

だから、両親からの仕送りで、十分やっていける。


そんな私に、目的ができた。

その目的、高梨さんに会いに行くという目的のためなら、バイトだって頑張れる。

だけど秘密主義の私は、高梨さんのことは決して誰にも言わなかった。


一か月経って、やっと給料日を迎えた。

通帳には、5万円の文字。

これだけあれば、行き帰りの交通費に加えて、一泊くらいできるだろう。



「よしっ。待ってて、高梨さん。」



私は、高梨さんに再度手紙を書くことにした。

今度は書いてあった住所に宛てて。




高梨春次郎さんへ


こんにちは!

この間は、お返事ありがとうございました。

まさかお返事をいただけるとは思っていなかったので、とても驚きました!


あれから一か月経って、ようやく高梨さんに会いに行く準備ができました。

もしよろしければ、ライブの日程など教えていただけると嬉しいです。

来週末あたりに、一泊二日でS県を訪れるつもりです。


高梨さんの生演奏を聴けると思うと、今からわくわくしています。

こんなに待ち遠しいのは、小学生のころの遠足くらいでしょう。

それに、高梨さんはどんな人なんだろう、って色々想像を膨らませています。

ライブに行ったら必ず声を掛けるので、一言でもお話できたら嬉しいです。

本当に、本当に楽しみにしています。



宮迫すみれ
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